岩と鉄の加工屋〝地脈龍〟-truth-
ミツが魔剣に見惚れている間、俺はヴァーツラと鍛冶場に移動した。普通の武器を作る窯と、魔具を作る特別な釜を真ん中に据え、あちこちに武器や防具の型が置かれている。
俺は近くに置いていた椅子に座り、ヴァーツラへと向き直った。
「しかし、驚いた。まさか、クネイトゥラ最古の竜王たる貴方が、人間の街に来て頂けるとはな」
「何を仰るやら。主様の命を断れる者などあの島には存在しませぬよ」
ヴァーツラはただの竜ではない。
変わり者だとか、鍛冶屋が営めるだけには収まらない秘密がある。
「しかし、上手い具合に〝ただの地竜〟に化けてるな」
「体表に魔力を体内に押し込めばよいだけよ。とはいえ、息苦しさがあることは否めぬよな」
ふうと、ヴァーツラは力を抜くように息を吐いた。
すると岩の鱗の下から、青白い光が漏れ始める。さきほどみた魔剣よりも、はっきりと強い光がヴァーツラから発せられる。
「地竜の中でも〝地脈そのもの〟から生まれた竜……〝地脈龍〟。いつ見てもその美しい魔力にはほれぼれするな」
この世に数頭しかいないと言われる〝地脈龍〟がヴァーツラの正体である。
魔力伝導率が百パーセントの地脈で体が構築されており、魔術について地脈龍の右に出る魔物はいないと言われている。
魔力伝導率とは、魔力が物質に流れる際に失われてしまう比率のことである。例えば人間なら、魔力を生み出す心臓から術を使う掌まで、おおよそ四十パーセントの魔力を失うと言われている。電流と電気抵抗の関係に近いかもしれない。
元々莫大な魔力を有する竜族に、魔力伝導の優れた体が合わさればまさに鬼に金棒である。無限に近い魔力を際限なく放つ姿は、絶望そのものと言われるほどである。
戦闘力に関して言えば、全盛期の俺の次だと言っても過言ではないだろう。
「俺の命だから、と言うが本心は別だろう? 俺が取引に出した……この街の地脈が目当てなんだからな」
「主様も人が悪い。分かっていながら、わざわざ口にされなくともよいのに」
地脈龍は雑食である。普通の生物のように肉や植物から栄養を摂ることも、大気中の魔力を栄養に変えることもできる。
だが、その中でも大好物なのが〝地脈〟である。地脈龍にとって何物にも代えられない絶品であると同時に、体を構成する地脈の代謝になる。
「直接目で見ましたが、この街の地脈は非常に純度が高い。クネイトゥラにある地脈なんかとは比較にならないほどよな」
「だろ? お前なら気に入ってくれると思ったよ。あ、だからといって露出してる地脈は食うなよ。この世界で地脈を喰う種族は一つしかいないんだから」
大人しい性格とはいえ、食欲に際限のない龍族である。ときどき釘を差しておかねば、何をしでかすか分からない。
貴重な地脈は傷付けるだけでも大罪だ。そしてこの世界に地脈を食す魔物は一種しかない以上、食い跡が見つかれば真っ先に疑われてしまうだろう。
「分かっておりますとも。食事場を用意して頂けるまで待ちますとも」
恭しく頭を下げるヴァーツラ。
俺はほっと息を吐いた。ガーゴイルと同じで、ヴァーツラは俺の能力が殆ど封印されているということを知らない。もし見破られたりでもしたら、十中八九好き勝手に動き始めるだろう。
だからこれは賭けでもあった。ヴァーツラに……そして、クネイトゥラの魔物たちに対して、俺はまだ地脈龍を従える力があることを誇示するために。
「地脈以外の約束事も覚えてるか?」
「もちろんですとも。〝この街を出ない〟〝人間に手を出す時は如何なる理由であれ主様の許可を得る〟〝地脈龍であること、クネイトゥラ出身である事実は伏せる〟よな?」
「ああ。いくら俺が魔力制御をしているとはいえ、強固な体は十分凶器になり得る。ま、数百年も生きている貴方が、今更人間のちっぽけな悪意に晒されたところで動じるとは思わないけどな」
この街にクネイトゥラの化け物が複数いると知られれば、魔王は黙っちゃいない。全勢力をもって叩きに来るだろう。
……ありとあらゆる卑劣な手を交えて、だが。
「しかし、心配ではありますな」
「何がだ?」
「儂は明確な目的と理性がある故問題ありませぬが……〝あやつら〟が主様の障害とならんか心配よな」
ヴァーツラの言葉が指しているのは、彼以外に連れてきた魔物のことだ。確かに性格を考えれば曲者揃いではある。
「大丈夫だ。他の奴らにも、ちゃんと褒美を用意した上での協力なんだ。それを自ら無碍にすることもないだろう」
「果たしてそうかの?」
ヴァーツラは噛みつかんとする勢いで、俺の顔に迫る。全身から溢れ出る圧が、部屋を揺らし窓を軋ませる。
「クネイトゥラから百年以上ぶりに外界に出られ、獲物や玩具になり得るものがごろごろいる。……魔物の純粋な衝動を抑えられるほどの褒美だと真に言えるか?」
彼の目がより一層細くなり、俺の目を抉ろうとするかのような鋭さになる。魔術が使われているわけではないのに、全身の筋肉が強張り、萎縮してしまいそうになる。
龍族の頂点に君臨する古き王だからこそできる御業だ。
「……やはり、貴方を連れてきて良かった」
「何だと?」
俺はニッコリと笑みで返した。
「良かったと言ったんだ。俺の考え以上に主の身を慮る、誇り高き龍であると再確認できたことにな」
ヴァーツラの考えは正しい。
連れてきた魔物たちを、俺は全て知っているわけではない。
だからこそ、俺はヴァーツラを連れてきた。彼にはそいつらを御する力を持っている。そして彼自身、安易な愚行に至らない真面目さと高い忠誠心を持っているからだ。
一瞬キョトンとしたあと、ヴァーツラは大きな声で笑い出した。
「こりゃあ、一本取られましたな! やはり主様は百年経っても変わらない」
「ったく、睨みを効かせてきたときは何事かと思ったが……お前は少し挑戦的になってきたな」
彼が本気では無いことは百も承知だが、それでも少なからずびびってしまった。やはり前線から退くと、色々なものが鈍ってしまうということか。
「ウラボスせんせーい? ヴァーツラさーん? どこですかー?」
ミツの呑気な声が響き渡る。
俺は思わず笑ってしまった。そうだ、ここはクネイトゥラではない。はじまりの街〝セニル〟だった。俺が相対するべきは、こいつらでないことを戒めなければな。
「そろそろ次に行くか」
「いつでも遊びに来てよいからの。あと、重ねて申すが……」
「大丈夫、うまくやるさ。お前も、くれぐれも正体を露見させるなよ?」
「御意」
深々と頭を下げるヴァーツラを横目に、鍛冶場を後にした。
売り場に戻ると、今にも飛び跳ねだしそうなミツが待っていた。
「どうだった、ミツ?」
「街の人が見たら驚きます! 冒険に出る希望が持てると思います」
「それはよかった。だが、武器や防具だけでは、腰の引けた奴らは動かない。次はそのための施設に行くとしようか」
「はいっ!」
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