岩と鉄の加工屋〝地脈龍〟-lie-
「先生! 遅いですよ!」
「悪いな。準備に手間取った」
あれから……この街に着てミツに出会ってから、一週間後経った。
今日は街を変えるための〝下地〟を、宣言通りなんとか完成させたので、ミツにお披露目することになっていた。
待ち合わせしたのは、崖下部の鍛冶屋の前。
そこはかつてこの街で一番大きな鍛冶屋だったらしいが、主人の老いと需要低下により閉店してしまっていたのだという。
鍛錬場もそうだったが、冒険者離れにより閉まった店を再利用するというのも、この街を変える計画の一部だった。もし成功すれば他の店にも希望を与えられると思ったからだ。
ミツは頬を膨らませながら、俺へと迫る。
「あの日から鍛錬ばかりで、何をしているかぜんっぜん教えて貰えませんでしたけど……今日こそは教えてくれるんですよね?」
「そうだな。今日は思う存分教えてやろう」
別にミツに隠す必要は無い。
けれども、ミツにもこの状況を楽しんでもらいたかった。どのように街が代わり、何が起きていくかと言うことを。
「最初は鍛冶屋……ですか?」
集合場所の近くにある鍛冶屋を、ミツは見上げる。
外から見る分には、際立った特徴はない。煙を出すための煙突、温度を一定に保つための厚い壁など、どこにでもある鍛冶屋だった。
「そうだ。鍛冶屋は冒険者になるために、かなり重要だと思っている。冒険者としての実力も勿論だが、目的にもなる。強くてかっこいい武器のために稼ごう、そして手に入れたらさらに強い敵に挑もう……とな」
「たしかにそうです!」
うんうんと大袈裟に顔を振るミツ。
「今回も鍛錬場と同じく、閉店した鍛冶場を利用した。今回は売上のいくらかを渡すことで、潔く貸してくれたんだ」
「でも、ここに先生がずっといるわけじゃないですよね? 鍛錬場もありますし」
「ああ。分裂して複数の事を成すなんて、器用なことできないからな」
俺は鍛冶屋のドアに手をかけた。
「だから、鍛冶が出来る知り合いに来てもらったんだ。さ、御開帳だ」
ミツは緊張しながらドアを潜る。
そして……
「剣と鎧がいっぱい……」
大きく口を開けながら、何度も何度もくるくると回る。
壁には大小様々な武器が飾られていた。剣に槍などの近接武器に、弓や吹き矢など遠距離武器も一通り揃えている。また、テーブルの上には篭手や兜などの軽量防具が飾られており、人を模した模型には全身鎧を身に着けさせていた。
「こんな充実した店は、セニルにありません!」
「そんなに喜んでいただけるとは……気合が入れた甲斐があるってものよな」
奥の部屋から現れたのは、身長二メートルに及ぶ巨躯。ドスンと地を揺らしながら、ゆっくりと歩いてくる。
ミツは目を大きくしながら、その男を見ていた。
「人間じゃ……ない……!」
体表が黄土色の岩で覆われ、背中には大きな翼が畳まれている。鋭い赤色の瞳と細長い顔つきは、どうみても爬虫類の外見だ。
「恐れたか、人間よ」
「そんなことはないです。……でも、びっくりしました。まさか竜に会えるなんて!」
ミツは数回深呼吸をしたあと、目を輝かせて彼を見上げた。
竜……それは魔物の中でも高度な知能と優れた魔力を有する、幻種と称される魔物である。
特に器用な龍は、人の世界に馴染むために〝人化〟という術を使用する。この術で体長を数分の一に縮め、二足歩行を可能とさせる。
「驚きの次に、憧れを抱くか。さすが、主様の認めた人間よ」
「あるじさま……?」
「その呼び方はやめろって言っただろ。ここではウラボスっていう名前の方で呼んでもらってるんだ」
「では、ウラボス殿よな」
「……まあ、それならいいか」
この龍は非常に礼儀を重んじる。
俺に対して敬称を付けないと命じることは無理に等しいだろう。
「儂の名前はヴァーツラ。岩を操る〝地龍〟よ」
「私はミツです! 人間です! よろしくおねがいします!」
二人は握手とほほえみを交わしあった。
地竜の大きな手に、ミツの小さな手はすっぽりと包まれてしまった。
「こいつは非常に変わり者で、人間の鍛冶技術が好きなんだ」
「磨かれた石や鉄は、儂らの心を振るわせる。であれば、自らその極致にたどり着いてみたい。そう思っただけよな」
「それがとてもつもなく人間くさくて、変わり者だって言ってるんだ」
俺の呆れに、ヴァーツラは陽気に笑い声を上げた。
加えて言うなら、彼ほど龍族のプライドを抱かない龍は見たことがない。プライドの高い竜族は人間を見下すことが多いが、人間から鍛冶技術を多く学んだヴァーツラは違う。人間の優れた面を認め、平等に人間を見ている。
「それにしても、これ全部作ったんですか?」
「この部屋にあるのは、ほとんど儂の私物よ」
「えっ! じゃあ、ヴァーツラさんが作った武器はまだないんですか?」
ヴァーツラはくっくとほくそ笑み、奥にあるドアへと歩み寄る。
「儂の作った武器は全てこの奥の部屋にある。見てみるか? 声も出せなくなるほど驚くと思うぞ?」
「ぜひ見せてください!」
ヴァーツラはドアの隣に立ち、どうぞとミツを促す。
ミツは促されるまま部屋に入り、そして、ヴァーツラの言う通りしばらく固まっていた。
「意地が悪いな」
「人間の驚く顔はいつ見ても飽きませぬからな」
「ま、それは同感だが」
俺は肩をすくめて、奥の部屋に足を踏み入れた。
遮光カーテンで窓を隠し、闇で包み込んだ部屋の中央に二振りの剣が置かれていた。
形は至極単純で、柄には何の装飾も施されていない。
だが、二本とも刀身に青白い光が宿っていた。
「これは……もしや……〝魔剣〟……!」
「さすがミツ殿、その言葉を知っておられたか」
「前に本で見たことがあるんです! でも、王都や軍事都市にある設備じゃないと作れないって……」
魔剣は製造が非常に難しい。魔剣の芯である〝魔石〟が脆いため、力の加減を間違えれば一瞬で魔石が壊れてしまう。そのため魔剣を作る鍛冶屋では、魔石にダメージが入らないようにする魔導具を組み込んだ作業台や窯などを使うのが普通である。
だが、魔剣の製造に特化したヴァーツラは違う。
「機械的に作られる魔剣では、強度や魔力伝導率に限界がある。魔石の力を最大限に引き出すには、一つ一つ最適な加工をしなければならないのよな」
そしてそれを可能にするのが、地竜の特性たる〝石覚〟である。人間でいう五感と同じで、地竜は石に対して独特の感覚を覚えるのだという。それにより石の状態や性能を、触れただけで分かるらしい。
「これを見れば、転生者への刺激になると思ったのだが……どうだ?」
「なると思います! さすがウラボス先生です! あ、部屋の奥じゃなくて、店の前にも一つ飾っておきたいですね」
「それはいい案だ。ヴァーツラ、いけるか?」
「無論。この後すぐにでも対処しよう」
ミツの反応を見る限り、俺の選択は間違っていなさそうだ。
魔剣、そして、竜人。
魔法のない転生者から見れば、モチベーションを上げる要素に大いになり得るだろう。
「ヴァーツラ、まずは安価で基礎的な武器を量産してくれ。できればこの街中の冒険者志望者に配りたい」
「御意」
読んで頂きありがとうございます。
今回の話で分かると思いますが、〝街の改革〟というのは単純な話で進みます。人の思惑が絡み合う複雑な話ではないので、ご了承頂ければ幸いです。
次は22日(金)更新予定です。