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冒険者の衰退に嘆く者

 この世界には〝クネイトゥラ〟という名の島が存在する。


 どこ国にも属さず、そして、どの地図にも載らないその孤島は〝この世の最果て〟という二つ名を持つ。


 最新鋭の船と凄腕の航海士を持ってしても潜り抜けられない、嵐と激流が絶えず島を囲っている。そして島の上には、この世を統べる魔王すら手を出せないほどの、強大な力を持つ亜人や魔物、精霊が闊歩している。


 人間はこの島を地図に載せないのは、ここを島だと認識していないから。人間が手を付けるにはあまりにも恐ろしいその地は、まさに実在する地獄……それが〝この世の最果て〟たる所以だった。


「ようやく帰ってきたか」


 クネイトゥラの島の中心には、巨大な洞窟が存在する。その最下層……地上から五十メートルほど下った場所で、俺は大きなあくびをこぼしながらぼやいた。


 最下層には橙色に輝く松明が十本と、それらに囲まれた白いベッドだけが置かれている。黒い岩盤に囲まれているためベッド以外は闇に等しく、そして何の音も聞こえない。松明の燃える音すら、だ。

 傍から見れば、まるで闇夜にベッドだけが浮かんでいるように見えるだろう。


 そんな摩訶不思議な空間に存在するベッドの傍らで、黒い靄が立ち込め始めた。


「我が主様。只今お戻り致しました」


 数秒経たずした黒い霧が薄まり、次第に石像魔精……ガーゴイルの姿が露わになる。二メートルを超える図体に、これほどかと言うまでに鍛えられた筋肉のせいでかなり圧迫感のある見た目だ。


 顔は立派なカールのかかった髪と、くるんと曲がった髭が特徴的な中年男性の顔をしている。無表情な顔をしているが、やはり筋肉質な体のせいで、何か訴えかけてきているような顔に見える。


 石の翼を背にたたみ、筋肉隆々な太腿を曲げて跪き、頭の角が地につくほど頭を垂れている。


 俺はベッドで頬杖をつきながら、気怠げに問う。


「ご苦労。で、外の様子は調べてくれたか?」

「はっ。やはり今の時代の冒険者は……百年前に比べて明らかに弱体化している様子です」

「この島に人間が訪れたのは、百年前のあの時が最後か?」

「はい。それだけでなく、ここ数年は魔王の元にも人間が攻めておらず……魔王の座が三十年も代わっていないなど、前代未聞です」


 冒険者とは、人間と敵対する魔王やその配下に対抗すべく設けられた人間の職業の一つである。およそ三百年と少し前に、魔物の大群を従えた魔王が世界の四割を制圧したときから生まれたと言われている。


 冒険者になる人間は魔術や体術に秀でていることが多く、中でも大きな功績を残した者は〝勇者〟と呼ばれたりしていると聞く。


 しかし、今その冒険者の数が急激に減っている。

 正しくは、アクティブに動いている冒険者が少なくなっている、というべきだろうか。


「現魔王が大きな侵攻を起こすことなく静観しているため、人間側の危機意識の低下が大きな原因だと私は推測します」

「その状況が罠だと考え手を緩めぬ事は、人間にとって難しい、か」


 魔王の最終目的はこの世界の統治だ。

 それは今も変わっていないだろう。であれば、ただ侵攻せずに日常を貪る訳がない。何かしらの作戦が水面下で動いていると考えて間違いない。


 俺はベッドの上でごろりと寝返りを打ち、ガーゴイルに尋ねる。


「人が自力でこの状況を打破できると思うか?」

「それは魔王が侵攻を開始してみないと分かりません。が、確実に世界の半分以上を失うことになるでしょう」

「だよな……」


 人間は些か呑気すぎる。

 絶対悪など存在しないと、心の何処かで思っている人間が少なからずいる。

 悲しきかな、その考えは生態系の中においては大きな弱みとなる。絶対悪……いや、本能のままに弱者を貪る存在は必ずいる。それが知能を持った生物であろうともだ。


「この島に人間が訪れすぎるのも問題だが、訪れなさすぎるのも退屈で叶わない」

「仰る通りです。暇すぎて同士討ちを始めるものや、島を抜け出そうとするものが出ております。各種族長が抑えてますが……それもいつまで続くやら」

「ならば、やはり手は一つか」


 俺はのっそりと体を起こした。

 ベッドの下に置かれていた黒のコートを手に取り、埃をはたき落としてから袖を通す。

 俺の記憶以上に、コートがぶかぶかだった。しばらく動いてなかったためか、随分手足が細くなってしまった。どこかにぶつけただけでぽっきりいってしまわないかと不安になる。


 っと、そんな些細なことを気にしてる場合じゃない。


「差し出がましいのですが……一体何をされるおつもりで?」

「決まっているだろう。少しばかり、人間に手を貸してくる」


 その言葉を聞いた瞬間、ガーゴイルの体ががたがたと大きく揺れた。


「……正気ですか。最果ての地の主たる貴方様が、人間の味方になるなどと」

「正気だとも」


 俺は快く頷くと、ガーゴイルは少しの間黙りこくった。

 表情は全く変わらないが、納得できないというオーラがひしひしと伝わってくる。


「何か言いたげだな。お前の意見を聞かせてくれ」

「……かつて〝裏ボス〟と言われ、魔王にすら畏怖され、全生命の頂点に立つ貴方が……そのようなこと……」


 人間風情に時間を割くなど許されない、ということか。

 この島の魔物は、いささかプライドが高いところがある。特に大口を叩きながらこの島を踏破できていない人間に対して、見下している者は多い。理屈屋で感情を顕にすることが少ないガーゴイルでさえこれなのだから。


「その名前はやめてくれ。若干恥ずかしいんだ。あと、全生命の頂点は言い過ぎだ」


 ベッドの下に置かれていた龍革の靴を取り出して、足を入れる。耐久性の高さと動きやすさが取り柄で、かつ、デザインもおしゃれなお気に入りの靴であった。足はあまり大きさが変わってないようで、昔のようにピッタリ履くことができた。


「バランスってのは大事だ。魔物が増えすぎるのも、人間が増えすぎるのも良くない。かといって、俺らが直接調整しに行くことも、またバランスを壊す要因になるだろう。だから……少し人間に知恵などを与えようと思ってな」


 魔術などで直接人間を強化するわけではない。魔物を直接攻撃するわけでもない。

 戦う術や技術を教え、自発的に強くなるよう誘導する。そして、少しだけ人間側の力を上げるだけだ。


 そうすれば、世界への刺激を最低限にしながら、人間を少しばかり優勢にすることができる。


「ま、ここにいても暇だからな。俺も自分の目で外を見ておきたいってのもある」

「しかし、まだ百年前にかけられた封印術が残っておられるのでは……?」


 百年前、ある一人の冒険者と戦った。その冒険者が命と引き換えに放った封印術によって長い眠りにつかされた。


 徐々に封印術を解いていき、十年ほど前にやっと意識を覚醒させ、多少の魔術が使えるようになったが……それでも全力には程遠い。


「いや、それでいいんだ」

「……と、言いますと?」

「封印術によって俺の魔力の大半が封じられている。それはつまり、傍から見れば人間と大差ない魔力でしかないということだ。俺が何者であるか、バレることはない」


 特に魔王側は、強い魔力を有する存在に過敏である。一歩でもこの島を出れば、魔王は数刻せぬうちに気付いてしまうだろう。


 俺が人間に肩入れしていると知られれば、魔王軍は強攻策に出る可能性が高い。人間が強くなる前にその状況が訪れることはなるべく避けたい。


「分かりました。元より、主様がお決めになられたことであれば、私に口出しする余地など御座いません。過ぎた口を開いた処罰なら、いくらでも受けましょう」


 俺はガーゴイルの肩にぽんと手を置いた。


「お前を咎める気はない。俺が留守の間、ここを守っておいてくれ。何かあれば念思術で知らせてくれればいい」

「御意」


 ガーゴイルは本当に真面目すぎる。

 だからこそ、俺の傍に置いてやれる唯一の存在なのだが。


「では、もう一つご無礼な質問をさせて頂いても?」

「だからそれぐらい構わないと……っ!」


 次は俺が驚く番であった。

 ガーゴイルの大きな手には小さな本が乗っていた。


 カラフルな表紙には少年と少女が描かれており、ポップなロゴでタイトルが描かれている。


「これは〝マンガ〟と言うらしいではないですか。何でも人間が書く書物の一つで、妄想を絵にしたものだとか」

「お前……それをどこで……」


 人間がいないこの島には存在しない筈。

 ただ一つ……俺のベッドの下を除いては。


「主様の本当の理由は……この娯楽が無くなったら困るからでしょう?」

「なるほど、あいつから聞き出したのか」

「ええ。悪戯好きなレプラコーンのガキから聞き出しましたよ。こそこそとしていたので〝ちょっとだけ〟お仕置きしただけですが……」


初投稿です。


今回は〝裏ボス〟が主人公というちょっと変わった視点の話を書いてみようと思いました。真面目な出だしですが、結構フランクな話が大半を占める予定です。


次の更新は明日の朝です。

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