「宵待つはペオース」①
降車後、程なくして日吉から南方にネットカフェの場所を伝えるメッセージが届いた。
『今日はお疲れ様でした。予約したのはネットカフェリコリス池袋西口店です。女性専用ルーム指定、18時からの12時間ナイトパックなので、今からお店に行っても大丈夫です。入店の際は端末にあるアプリの会員証を提示してくださいね。明日からのお仕事に関してはまた明朝お伝えしますので、今夜はゆっくりしてくださいね。日吉』
(おおう。明日のことはまた明日ってか、とりあえず返事しよう)
『色々とお気遣いありがとうございます。また明日からもよろしくお願い致します。南方』
さくっと返信すると南方は日吉が予約したネットカフェリコリスへと向かうことにする。
(リュック重い……とりあえず一息つきたい)
端末のマップアプリで店名を調べると、場所は駅前から少し行ったところだった。街行く酔っぱらいから距離を取りつつ、南方は店へと向かった。
「では、どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」
店員との受付やりとりを済ませた南方は指定された個別ルームへと足を運ぶ。
(漫画凄い量あるんだな……。これなら気になってたやついくつかは全巻読破出来るかも。飲み物もホットとアイス両方ともあるし、え、ソフトクリームメーカーもあるの!?うわー凄い、ここ天国じゃん!)
ネットカフェに行ったことのなかった南方は初めての光景にわくわくしながら店内を見回す。設備の良さに感動しつつ、部屋に入った南方はようやく人心地ついた。
(ふう、ようやく落ち着ける……。怒濤の一日だったなあ)
南方は端末に表示された時刻を見る。18時17分、南方は今日の出来事を振り返る。海に落ちて死んだはずの南方は日吉にスカウトされ、翼人としてまたこの世界に残る羽目になった。それを少しばかり喜んでいる未練がましい自分に南方は腹が立った。どう足掻いたって、今の自分が彼らの前に元通りでいられるわけがない。
(だって、手を離したのは私なのだから)
南方は目を閉じる。すぐに、彼らの顔が浮かんだ。優しくて、気の回るとても良い人たち。彼らの優しさに南方はいつも救われていた。しかし、南方はいつもどこかで恐ろしさを感じていた。彼らもいつか、自分を傷つけた奴らのようになってしまうのではないか。彼らもいつか、私のことなど、見なくなってしまうのではないかと。南方は幼少の頃のトラウマから抜け出せないでいた。
そして、そうならないようにと、南方は必死で取り繕った。彼らのことをしっかりと観察し、彼らの障害とならないように、彼らにとって有益であるように、南方は行動を取っていた。そんな南方に、恋人が出来た。背も高く、優しく、整った容姿の恋人に、南方は夢中だった。もっと好かれたい、その一心で恋人に尽くした。仕事で辛いことがあったと聞けば、思いつく限りの言葉と行動で彼をいたわり、彼が食べたいと言えば苦手な洋菓子も笑顔で作った。遠距離になってしまって寂しいと言われれば、貯めていたお小遣いをはたいて深夜バスに乗り込み彼に会いに行った。初めて、自分を脅かすことのない人に南方は喜んだ。彼のためであれば、どんなことでも出来る。冗談抜きで、南方はそう思っていた。
しかし、南方は恋人のたった一言に傷つき、関係を絶ってしまった。その言葉は他愛ないものであったが、南方にとってそれはどんなナイフよりも鋭い刃だった。
南方の心の中にあった、箍が外れる。必死に取り繕おうとも、どんなに手を尽くそうとも、人は、彼らは南方を苦しめるのだ。誰が悪い、何が悪い、そういう範疇の問題ではない。そうして南方は、海に落ちることを選んだ。
その選択を、誤りだとは思わない。翼人が生前の関係者と出会うことを禁じられているのは、南方にとって好都合だった。
(まあ、こうなったら好きなようにやろう。「歪」をドカドカ帰して、報酬をたっぷりもらって、推しちゃんにたっぷり貢ごうじゃないの)
南方は目を開ける。無機質な電灯の明かりに、目を細めた。
閲覧ありがとうございます。夜中に投稿したりなんだりが続いていて申し訳ないような。
話をまとめるのに中々に時間がかかりそうなので、分割してみることにしてみました。これでペースが上がると良いのですが、まあ多分ないです(笑)。続きはどうぞ、ごゆっくりお待ちいただければと思います。