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「モイライの編みぐるみ」

※10月27日02:12時点に一度加筆修正致しました。が、内容にほぼ変更はありません。

「さあ、どうぞ中へ」

 日吉は車から降りると助手席側のドアを開け、古畑を招いた。流れるような動作は熟練の執事のようである。

(執事はスポーツカーには乗ってないだろうけど)

「ありがとうございます」

 古畑は心の中でツッコミながら助手席に座った。古畑がシートベルトを締めると、それを確認した日吉は車を発進させる。車はすいすいと街道を走り、渋谷ICから首都高速道路に乗った。

「さて、お待ちかねの質問タイムと行こうか。何でも答えるから、遠慮せず言ってね」

 軽い口調で宣った日吉に、古畑は少しビビりながら質問する。

「あの、「(ひずみ)」って結局のところ何なんですか?喋ったりとかするものなんでしょうか」

「んー、これはオフレコ、他の翼人には内緒なんだけど。ま、いいか。古畑さんには特別に教えてあげる」

 日吉はそうもったいをつけると、車内の機械を操作する。古畑の視界にはホログラムで出来たモニタ―が浮上した。モニターには「部外秘」と判の押された書類が載っている。

「え、これ見て良いんですか?」

 古畑が焦りながら日吉に問うと日吉はにんまり笑う。

「古畑さんが翼人になってちゃあんとお仕事してくれるなら全然オッケーだよ」

(え、もしかしてこれ地雷踏んだパターン?)

 古畑は冷や汗が背中にどっと出たのを感じた。

「ま、読む前に君にはサインしてもらわなきゃなんないものがあるけどね」

 そこ開けて中のもの出してくれる?と言う日吉に従い古畑は目の前にあるダッシュボードを開けた。中には「翼人契約書」と書かれた分厚い書類が入っていた。

「これ、ですか」

 古畑は取り出したそれに目を通していく。自分の名前に住所、生年月日や今までの経歴が事細かに書かれていた。

(運動会の順位とかまで書いてある。なんなんだこれ……)


「……その書類にある通り、私たちは君の過去全てを把握している」

「は、はい」

 正直、かなり恐ろしいことである。だが、日吉もとい比翼連理というものは、人間のルールの中には存在していないのだろう、古畑は確信していた。そうでなければ説明が付かないので、半ばやけくそではあるが。

「そして君は今から翼人だ。翼人は生前の関係者に会ったり、見つかったりすることは決して許されない」

(私が今もここにいられるのは、私が生きているからじゃない。私が、()()になったからなんだ)

 フロントガラスに映る日吉の顔はとても真剣だ。古畑はおとなしく返事を返した。

「はい」

「だから、君に新しい名前をつける。翼人としての名前だ。これからはそう名乗るように、ね」

 10ページ開いて、という日吉の指示に従い、古畑は書類をめくる。そのページには、古畑の翼人としてのデータと、署名欄があった。


南方(みなかた)春日(はるひ)…。これが、私の名前なんですね」

 古畑が名前を読み上げると、日吉は念を押した。

「そ、これからは誰に聞かれても、たとえ拷問されたとしてもそう答えてね」

「わ、わかりました」

 拷問はされたくないのだが。古畑は顔をしかめた。しかし死後の世界だ、拷問くらいは日常茶飯事なのかもしれない。

「んじゃ、署名欄にサイン貰える?」

 軽い口調で日吉は促すが、古畑は少し迷う。

「これ、サインしたら魂取られるとかないですよね?」

 古畑が問うと日吉は吹き出すように笑った。

「ないない。寧ろ君が翼人として働く限り、私たち比翼連理は君の安全と生活を保障する」

 きっぱりと告げる日吉を信頼することにし、古畑は契約書にサインをした。


「ありがとう、これでやっと質問に答えられるよ」

 日吉はふう、とわざとらしく息をつく。

「あの、生活の保障って?」

 死人である自分にどのような保障があるというのだろう、古畑改め南方は首をかしげた。

「ああ、翼人は厳密に言うと死人ではないからね。お腹も空くし、眠くもなる」

 日吉がそういうと、モニターの画像が切り替わる。保障の詳細を記したもののようだ。

(住居提供にランク毎のノルマに対する現金給付……え、基本給もこんなにつくの?超ホワイト企業じゃん)

 南方は比翼連理の提示する好待遇な保障内容に驚いた。

「あ、言い忘れた。住居提供って書いてあるけど、君には一ヶ月ビジホ・ネカフェ(家無し)生活送ってもらうから」

「え゛っ」

 日吉の言葉に古畑は耳を疑う。一ヶ月ビジホ・ネカフェ(家無し)生活だと。安全と生活の保障とは何だったのか。南方が愕然としていると日吉は苦笑する。

「アハハ。いやなに、私たち第二管理部の管区、管理区域は仕事が多いんだよ」

 モニターがまた切り替わる。現れたのは地方ごとに色分けされた日本の地図。どうやら比翼連理の部署別の担当地区を表示するものらしい。第二管理部は関東全域を管理区域としていた。

「関東は人が多い。人の多いところには集まる「(ひずみ)」も多くなる。二管は勿論腕利き揃いだけれど、それでも量が多くてね。東京ではない遠方への出張も大いにあるんだ。それに慣れるためにも、最初の一ヶ月は試用期間みたいな感じでやってもらう」

 日吉はなんてことないように告げているが、要はとても忙しいと言うことなのだろう。南方は察する。話す日吉の目元にはうっすらと隈が浮いていた。

(私に、出来ることはあるのだろうか。ただ、逃げてきただけの私に)

 自ら海に落ちることを選んだ南方には、分からなかった。俯く南方に、日吉が呟く。


「やってみなくちゃわからない、だっけ」

「へ……?」

 南方は日吉が呟いた懐かしいフレーズに顔を上げる。

(何だったっけ。どっかで聞いた気がする)

「ほら、あの君が小さい頃見てた実験番組のキャッチフレーズ」

「あ、ああ……」

 南方は幼少の頃を思い出す。両親は共働きで一人っ子の南方は寂しさを紛らわすようにたくさんのテレビ番組を見ていた。実験番組もその中の一つだ。キャラクターが思いついたアイデアを、仲間たちと実践してみる。失敗を繰り返しながらもその中から答えを導き出していくキャラクターたちを幼き頃の南方は食い入るように見ていた。


「古畑さん、あ、間違えた南方さん。君は翼人としてかなりの才能がある」

「え、そうなんですか?」

(私結局「(ひずみ)」に帰ってもらっただけなんだけど……)

にわかには信じられない話だ、南方は頭を悩ませる。日吉は話を続けた。

「うん。「(ひずみ)」をそのまま元の世界に返すことが出来る翼人なんて、ほぼいないんだ。大体は現世じゃないどこかの世界に「(ひずみ)」を飛ばすか、それとも「(ひずみ)」を消すことしか出来ない」

「それじゃ、だめなんですか?」

「うん。だって、「(ひずみ)」は元々別世界の種族だからね。消したり、元の世界ではないところに追い出したりするのは同じ問題の繰り返しになってしまう」

「なるほど」

「元の世界ではないところに行ってしまったら、そこでまた問題になってしまう。存在を消してしまえば、元の世界での事実をねじ曲げる結果になりかねない。世界は複数存在し、そしてその中には、多種多様な(ことわり)と、そこに息づく種がある。「(ひずみ)」の中には現世の理を乱すものもいるからね。それを正すために比翼連理はある」

 語る日吉の目はどこか遠くを見るようだった。

「今日あった「(ひずみ)」はまだマシってことですか?」

「そうだね、あれは幻想(げんそう)(しゅ)。どっかから迷い込んできたんだろう。ああいうのは大抵元の世界に戻りたがるだけだから、こっちの世界をどうこうってのは確かに少ない。」

「ゲンソウシュ」

 南方が日吉の言葉を鸚鵡返しすると日吉は笑ってまたモニターを切り替えた。先程部外秘とされていたページのカーソルを下げていく。そこには、「(ひずみ)」の分類が載っていた。古畑はページをじっくりと読んだ。


 ―・幻想種。通称「迷い込み型」。現世への関心は薄く、被害も少ないが一事案辺りの数が多いため処理が難航することもある。(対応ランク:B-~)

 ・侵攻種。元の世界から現世に侵入、侵攻を図るもの。現世への関心が強く、被害も出やすい。

(対応ランク:B~)

 ・共鳴種。現世の人々の精神世界と共鳴し境界を越えてくるもの。強い感情に引っ張られるものほど処理が難航する。(対応ランク:B+~)

 ・寄生種。現世の生命体に寄生するもの。発見が遅れやすく、「(ひずみ)」を寄生主から離さなければ処理が難しい。(対応ランク:A~)―


「「(ひずみ)」の強さに会わせて翼人は派遣されるよ」

 日吉が解説を入れる。初回の「(ひずみ)」が幻想種だったことに古畑は合点がいった。先程契約書の中で見た「ランク毎のノルマ報酬」の差はここから来るようだ。

(今私どのあたりなんだろ)

「日吉さん、私って今ランク何なんですか?」

 南方は日吉に問うてみる。

「A+だよ」

「え」

(寄生種まで対応範囲って事になるよね、それ)

 南方は困惑する。実戦経験がたった1回の南方がA+だなんて、これから凶暴な「(ひずみ)」を回されたときにどうしたら良いのか分からない。

「才能あるって言ったでしょ?」

 日吉は自慢げに告げる。嘘ではないようだ、南方の心情的には嘘であってくれた方が良かったのだが。

「あはは、お世辞かと思ってました」

 南方が苦笑いすると日吉は首を振る。

「そんなことないよ。君にはそれだけの力がある」


(この人はどうしてそんなに私のことを買ってくれるのだろう)

 はっきりと告げる日吉を南方は見つめる。日吉が胡散臭いのは確かだ、でも職務を全うしようとする気概も見える。悪い人では、ないだろう。

(でも、それだけのようにも見えないんだよなあ)

 南方は何か日吉に問いかけようと口を開く。が、軽快な電子音がそれを制した。日吉に電話がかかってきたのだ。日吉は車のナビを操作し、電話に応答する。

「―はい、日吉です。ああ、はい。分かりました。そちらに伺います。はい、はい、了解です」

 通話自体は短かったが、空気はもう気軽に質問を許すようなものではなくなってしまった。

南方の眼前に広がっていたモニターが消える。


「ごめんね、南方さん。これから本部に向かわなきゃいけなくなっちゃったから今回はこれでおしまい」

 日吉が申し訳なさそうな声で告げる。南方は首を振った。

「いえ、色々答えていただいて有難うございました」

 正直なことを言えば、南方の疑問は底を尽きない。しかし、それを言葉に出来るかと言えば難しいところだった。

(やってみなくちゃわからないもんな、結局)

 南方が窓の外を眺めると車はいつの間にか首都高を降り、池袋駅の西口方面へと向かっていた。

「駅で降りてもらうけど、また何か分からないことあったら聞いてね。端末のメッセージアプリに私のアカウントも登録しておいたのでご確認を」

「はい」

 南方は端末を確認する。メッセージアプリには「日吉元親」とかわいらしい猿のアイコンがついたアカウントが登録されていた。

「あ、あと今日の宿泊場所はもう予約してあるので、場所を後で送るよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

「それと、これから支払いは全部端末の中にあるアプリでやっちゃってください。報酬もそこに落とされるから」

 畳み掛けるように説明する日吉。南方は半ば呆れつつ返答した。

「了解です。また何か分からないことがあったら連絡しますから、そんなに慌てなくても良いですよ」


 何故だろう、先程まで抱えていたはず南方の不安はもう霧散していた。日吉の断言が効いたのかもしれない。

(あそこまで言われちゃあ、信じてみるしかないか)

 どうせ死んだ身だ、南方は腹を括ることにする。胡散臭い男の甘言に乗せられているのかもしれないけれど、何もしないよりはずっと良い。車は駅の少し手前で止まった。

「あ、南方さん最後にこれ!」

 降りようとする南方に日吉は後部座席から黒いリュックを取り出す。何か入っているのか、少し重そうだ。

「これは?」

「そうですねえ、私からの就任祝い、かな。中身は食べ物と、お風呂セットと、あと予備の支払用カードです」

「それはそれは、ありがとうございます」

(至れり尽くせりなセットだな)


 日吉さんに礼を告げて、南方は車を降りた。南方がドアを閉めようとしたら、音もなく日吉が南方の横に立っていた。

「南方さん。これから、よろしくね」

 日吉は左手を差し出す。南方はその手を取った。触れた日吉の手は、少しだけ自分より熱かった。

「はい。よろしくお願いします」

 握手を交わすと、日吉は車に乗り込みそのまま去っていく。リュックを背負った南方は振り返らずに、日の落ちた池袋の街へと繰り出すのだった。


 一方で。本部へと車を走らせる日吉は鼻歌でも歌いたいぐらいにとても気分が良かった。

「まさかあそこまでとは、ねえ」

 南方が「(ひずみ)」を処理する瞬間を思い出す。異世界と現世(うつしよ)を繋ぐ、ブレのない扉。幻想種は迷いなくそちらへ移った。

(間違いない、あれは霊道の一種だろう。「異物(いぶつ)」があるとはいえ、そこまでやれるのは本人の素質だよねえ)

 南方は侵攻種などの攻撃性の高い「(ひずみ)」を恐れていたが、そんなものは屁でもない。

「今度最終奥義教えるか」

 日吉は師匠が繰り出す奥義「伊賦(いふ)夜坂(やさか)」の光景を思い出す。数多の巨大種を吸い込んでいく「伊賦(いふ)夜坂(やさか)」は今や師匠とその門下数名にしか出来ることのない技だが、南方なら容易いものだろう。日吉は確信していた。

((ひずみ)を元の世界、異世界に連れ出す事が出来る翼人などそうはいまい。一管の御劔(みつるぎ)も似たような感じだけど、あの子は荒っぽいからなあ……)

「ああ、ほんとに良い子もらっちゃったなあ。鴻上にお礼言いたいぐらいだ」

 日吉はくつくつと笑う。やっと、現状を打破できる最高の原石を手に入れたのだ。これからの目論見の為にも、先ずは懐いてもらうほかない。日吉はアクセルを踏み込む。

「……よろしくお願いしますよ、南方さん。()()()()この国は救えないんだから」

 本部へ向かう日吉の瞳は爛々と輝いていた。



案外見てくださっている方がいらっしゃるようで、内心ビビり中です(笑)。更新はできる限り早く、と考えてはいますがノロノロ進行していくでしょう。どうぞ気長にお待ちいただければ幸いです。



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