「未知との遭遇」
渋谷駅前。立ち並ぶビル群、その周りに群れる人々。「都会」の手本書きのような景色に、古畑は溶け込んでいた。ドアトゥドアで渋谷なんて。古畑は慌てたが、日吉から受けた説明を頭の中で反芻しつつ、渡された端末が指し示す地点に向かう。それにしても、日吉は胡散臭い男であった。実は中身人工知能のホログラムでした、といわれた方がまだ納得がいく気がする。翼人、「歪」、「異物」……、矢継ぎ早に色々なことを言われたので、古畑の頭は理解が追いついていない。
(やればわかるって日吉さんは言っていたけど。分からないことだらけの混乱した私に何が出来るのだろう。ていうかあれ全部嘘だったんじゃないか?)
古畑はとてつもなく不安だった。そのまま歩き続けていると、薄暗い路地裏の前で端末が震える。どうやら、目的地にたどり着いたようだ。おそるおそる日吉に連絡を入れる。
「はい、第二管理部日吉です」
電話は繋がった。
「あ、古畑です。ポイントに到着しました」
「ああ!じゃ、ナビゲートするね」
「あ、はあ」
(良かった、本当だった。)
古畑はほっとする。しかしながら日吉はテンションが高い。初対面時もこの位のテンションだったら良かったような。だが、もしこれで顔が能面だったら。想像した古畑は背筋を凍らせた。
「古畑さん?」
「は、はい!」
(いけない、またぼーっとしてしまった)
日吉の声で再び現実に引き戻される。古畑は無理矢理頭を切り換えた。
「な、ナビゲートしていただくんでしたっけ……」
「うん。取りあえず持ってるイヤホンと端末を接続してくださいな」
「了解です」
日吉の指示通りに、古畑はイヤホンを端末と接続する。
「私の声、聞こえます?」
「はい、聞こえてます」
〈……エテ〉
日吉との会話の合間に、か細い声が聞こえた。日吉の声か、いやそれにしてはとてもかわいらしい。アニメなら小動物とかが出しそうな声である。古畑はその声に耳を澄ませた。
〈教エテ!〉
今度ははっきりと聞こえる。古畑は日吉に尋ねた。
「日吉さん、何か言いました?」
「いいえ、私は何も?古畑さん、何か聞こえるんですか?」
日吉さんが喜色ばんだ声で問いかける。
〈教エテ、教エテ!〉
「なんか教えてって言ってます」
小さな生き物の声だ。おとぎ話の中に出てくる妖精とかが喋る感じの、かわいらしい声。声は路地の奥の方でしている。
「ほお……。その声は「歪」の声だ、近くに居るみたいだね」
〈教エテ!帰リ道、教エテ!〉
「帰り道?」
「道、と来たか、なるほどな」
姿は見えないけれども、わらわらと小さなモノたちが古畑の周りを纏わり付いているのがわかる。これが「歪」なのか。古畑が最初に聞いていた説明とはかなり違う気がした。
「なるほどな、じゃないですよ。この子たちどうすれば良いんですか」
「道を教えてあげられないかな、どうにかして」
「ど、どうにかですか。えぇ……」
〈帰リタイ、帰リタイ。元ノ場所ニ帰リタイ!〉
どうにかって。いくら何でも体当たり過ぎやしないだろうか、それは。投げやりにも聞こえる日吉のナビに意を決して、古畑は纏わり付く「歪」たちに声をかけた。
「どこに、帰りたいの?」
〈虹、虹ノフモト〉
「虹のふもと、そうか……」
それがどこにあるものなのか、古畑には皆目見当がつかない。
(ドアがあれば帰れる、か?)
そう、あの某青い猫型ロボが出したような、どこへでも行けるドア。突拍子のないことを考えていることは自覚している。でも、「歪」たちの声を聞いてしまった以上、彼らの望みを叶えてあげたいと古畑は思った。
「虹のふもとへ」
古畑は無意識的に唱えた。すると、高架下の暗闇の中から、ぬるり、ドアが現れた。ドアには「虹ノフモト」と書かれたプレートが付いていた。古畑はドアを開ける。
〈!、フモトダ!〉
すると「歪」たちは古畑に感謝を告げながら続々とドアの向こう側へ消えていく。
〈アリガトウ!声ヲ聞イテクレテ!〉
(姿は見えないけど、かわいいな)
古畑は当初抱いていた不安が霧散した。が、同時に新たな疑問が沸いてくる。
(彼らは一体何者なんだ?)
「今度は迷わないようにね」
古畑がドアに向かって手を振ると、「歪」も手を振り返してくれたような気がした。
〈アリガトウ!オジョウサン!〉
最後の「歪」がドアを閉めると、そのままドアは消えた。
「任務完了です!お疲れ様でした~!」
イヤホン越しの日吉がテンション高く告げる。
「あの、色々と質問したいことがあるんですけど……。」
古畑は日吉に問いかける。主に「歪」のことだ。日吉の説明では異なる世界同士の境界線が曖昧になることで生じるバグ、ということだったが古畑にはどうにも納得がいかない。普通、バグは喋らないだろう。
「アハハ。だろうねえ、車回したから乗っちゃって?詳しい話は中でしよう」
背後からの軽快なクラクションに古畑は振り返る。
そこには、路地裏にはそぐわないであろう、真っ赤な流線型のスポーツカーが止まっていた。