「選手宣誓」
願うべきは何だったのだろう。足掻くべきは何だったのだろう。私は何に怯えている。もう此処に私を傷つける者などいやしないのに。しかし恐怖はこの身を凍てつかせる。このままでは私はもう誰も信じられない。私を気にかけてくれる数少ない人たちすら、信じることが出来ない。ならばもう、私が生きる意味はない。かねてよりの悲願を叶えよう。
海に、還ろう。
未だに信じることは出来ない。たしかに死んだはずのこの身は今なお物質を捉えている。天国も地獄もまともに見ぬまま俺は今日もあの時と同じように夜道を走る。何処まで行こうとも、望んだ場所には帰れない。日々は音もなく消化されていった。今はただ、端末の指し示すままに、拳を振るうのみである。
次は、どこだ。
貼り付けた仮面は、いつの間にか内側にまで食い込んだ。出世に興味はない。ただ、やらなければならないことをこなしていく。血反吐を吐きながら走る道に、転がっていた原石。それはまだ自分にしか見抜かれていない、煤けたもので。磨けば光るどころではない、その輝きを見たい。輝きにより変貌するこの世界を見る、その為ならば、道化などいくらでも演じよう。
さあ、笑え。
運は向いている。若輩者ながらも、人気は少しずつたしかなものになっている。ありがたいと思いながら、しかし本物になれているのか、泥のような思考に埋もれてしまう時がある。そんなとき、彼女は現れた。彼女の言葉はどこにでもあるようで、でも眩い光で自分の歩いてきた道を照らしてくれた。言葉で演じる役者のくせに、この気持ちだけは、声にならない。だから。
手を、伸ばす。