赤の乙女に捧ぐのは
シャンテマリア大陸の北東、豊かな大地に囲まれたハズルーン王国の王城の地下深く、ゆらゆらと揺らめくカンテラの灯火を頼りに、一組の男女が暗い地下道を歩いていた。
一人は、長い金の髪を群青色のリボンで結んだ灰色の瞳の青年で、彼の頭上にはこの国の王であることを示す、金の王冠が乗っている。
少し野性味すら感じる精悍な顔に浮かぶ表情は固く、その灰色の瞳はヒタと前方を見据えている。
その後ろに続く壮年の女性は、白髪交じりの茶色い髪に青い瞳で、その頬を涙で濡らしており、今も彼女の瞳からは新しい涙が溢れていた。
「お痛ましいことでございます…。殿下が…このような…。」
「良い。それに私は今は王だ。陛下と呼べ。」
何度目かになるのかわからない嘆きを女性が漏らすと、男は顔によく似合う、低く力強い声でそれを諌めた。
その言葉に、また女性の青い目からは涙がこぼれ落ちる。
彼女は男の乳母だ。
男の名前はルベルト=ハズルーンといい、つい先日まで、彼はこの国の騎士であり、第四王子だった。
そんな彼が、今何故その頭上に王冠を戴いているのかと言えば、それは今ハズルーン王国が直面している危機に関係がある。
年のはじめ、隣国であるベルデニラの王弟が、その邪な心のために、魔の者を呼び寄せた。
それらは王弟の手には余り、彼はあっという間に彼等にその身を蝕まれたという。
そうして手に入れた器を使い、魔の者たちはベルデニラの王城を占拠し、都を焼き、国を滅ぼして、とうとうその領地から溢れ出し、隣国のハズルーン王国の王城前まで迫ってきていた。
ハズルーン王国は、幻獣が闊歩する森林の中にポツリとある、小さな国である。
それまで、幻獣たちとその住処を共有しながら、細々と血をつないできた国には、押し寄せた魔の者を打ち払うだけの力は無かった。
民を守るために出兵した第二王子の命が散り、窮地に陥った国王は、ある決断をした。
それは、国を建国した古から伝わる、ある言い伝えを実行しようと言うのである。
~国に滅亡が歩み寄った時、王の生を赤の乙女に捧げよ。
おとぎ話のような話ではあるが、王家に伝わる古文書には、そう記されている。
ところどころ擦り切れているために、それによって何が起こるのかは今はもう読み取れないが、すでに万策はつきており、あとは魔の者が国を蝕みつくすのを待つのみである。
それを血涙を流しながらただ眺めるよりは、出来ることはなんでもやっておきたい、という藁にもすがる思いだったのだ。
しかしこれを実行するには、王の命が必要だ。
そのため、国を守る騎士であり、第四王子であったルベルトが王冠を頂き、王と王太子の代わりに、その身を捧げることとなったのである。
次兄がその身を賭して民を守ったというのに、第四王子である自分が何をその身を惜しむことがあろうか。
自分が死した後、もし国が救われたのなら、きっと父と兄達が国を立て直してくれるはずだ。
そう考えるルベルトの心中に、迷いは無かった。その灰色の瞳に決意の輝きを宿して、闇に沈んだ地下道を見据えて進む。
ひとつ悔やむのであれば、この傍らにいる乳母を、悲しませてしまったことか。
できればこの身が国の礎となるのを喜んでほしいと思うのだが、人の心とはままならないものである。
乳母のすすり泣きが響く地下道に、ようやく終わりが見えた。
カンテラの灯りの先に、古びた扉が現れたのだ。
昔は煌びやかだったであろうその扉は、今はすすけており、くすんだ赤色が、中にいる者が誰なのかをかろうじて伝えている。
カンテラを乳母に預け、そっとその扉を手で押すと、その見た目に反して扉はスルリと開き、室内へルベルトを招き入れた。
「乳母よ、もうここまでで良い。お前は戻れ。」
これから何が起こるのかはわからないが、危険が無いとは言い難い。
ここまで供をしてくれた乳母に振り向いて声をかけると、彼女は泣きはらした目でルベルトを見上げ、首を振った。
「いいえ。せめてわたくしだけでも最後までお供いたします。どうぞここに置いてくださいませ。」
悲壮なその声に彼女の青い瞳を見れば、そこにはルベルトと同じ、固い決意が見て取れた。
自分も譲ることのできない道があるのであれば、彼女もまた同じか。
その心を愛しく思いながら、ルベルトは身を屈め、乳母を抱きしめ別れの挨拶とした。
そうしてすっくと立ち上がると、改めて室内に向き直る。
暗い地下であるはずなのに、どこに光源があるのか、中はぼんやりとした薄闇が広がっている。
さして広くない室内の真ん中に、乙女は居た。
白いドレスを着て玉座に座り、頭を垂れ、赤い髪の毛がその顔を隠して垂れている。
ゆっくりと歩を進めて近寄れば、その様子は薄闇の中でも見て取れた。
彼女の肌は干からびており、骨と皮ばかりのその様子は、もうすでにその身体が死して随分と経つことは明白である。
傾いだ頭から垂れる赤い髪の毛は、元は艷やかであったのかもしれないが、今は乾いてボサボサとその身体の半分を覆い隠している。
身にまとった白い絹のドレスもほつれ、煤けており、その当時の輝きはすでに無かった。
その様子に、ルベルトは心中で落胆する。
やはり、言い伝えはただのおとぎ話だったのかもしれない。
かように干からび、崩れ行くばかりの遺骸に、一体何ができようと言うのか。
でかけたため息を押し殺し、一歩、前に出る。
そして持参した花冠を掲げた。
乙女に生を捧げるには、王の血を垂らした水に一日活けた百合の花でつくった花冠を、乙女に頭に飾れとある。
とにかく、落胆するのは最後まであがいてからで良い。
今も苦しむ民を思い、彼はその花冠を、そっと乙女の頭へ下ろした。
シン、と静まった部屋の中、しばし褪せた赤い髪の上に乗った花冠を見つめる。
しかし、何も起こらなかった。
乙女の身体はチラとも動かず、また彼の命が尽きる気配も無い。
~やはり駄目か。
落胆に、今度こそ重い息を吐きながら手を離す。
やはり、救いの奇跡など、夢幻だったのだ。
沈痛な面持ちで踵を返し、数歩歩いて視線を上げる。
その視線の先で、乳母が涙に濡れた瞳を、丸く見開くのが見えた。
「何処へ行く。」
涼やかな声が、薄暗い部屋に木霊した。
しかしそれは、彼の前で驚愕の表情を浮かべた乳母の物ではない。
それは、彼の背後から響いていた。
「妾を置いてゆくつもりか。」
今一度響いた声に、振り返ると、そこにはやはり、赤の乙女の遺骸があった。
しかし、その頭から垂れた髪は、花冠を乗せたところから赤く鮮やかに艶めき、豊かに巻いて、彼女を彩っていく。
干からびていた肌はふっくりとそのみずみずしさを取り戻し、薄闇の室内に、その白さを輝かせた。
煤けてほつれていた絹のドレスは、時が巻き戻るようにその白い輝きを取り戻し、薄闇の中に淡い光を反射する。
ゆっくりと、彼女が顔を上げた。
そこには、長く赤いまつ毛に縁取られた金の瞳と、艷やかな赤い唇が、それは美しい笑みを浮かべていた。
その顔は、恐ろしい程美しかった。
まるで人形のように整ったその顔は、彼女が人ならざる者であることを表しているようで、笑顔であるというのになんだか寒々しい。
しかし彼女の金の瞳がスルリと上がってルベルトの顔をとらえると、次の瞬間、金の瞳は蜂蜜のように溶け、白い頬に朱がさして、薄闇の中に赤く鮮やかな花が咲いた。
「そなたが妾に捧げられた王か?近う寄れ。」
豊かに垂れた赤い髪の毛を割って、白い腕が優美な動きで差し伸べられるのを見て、ようやく我に返ったルベルトは、もう一度、彼女の元へ歩み寄った。
乙女はスラリと立ち上がりそれを迎えると、ルベルトの頬をその白い両手ではさみ、自分の眼前に引き寄せる。
そのまま角度を変えながら、まじまじと金の瞳が彼の顔を見つめた。
「なんと、素晴らしいな。ハルケントによう似ておる。あやつの血は、ここまでしかと受け継がれたか。なんと喜ばしいことよ。そなた、随分と若いが誰ぞ契を交わした者は居ないのか?妾に捧げられることによって悲しむ者は。」
間近に迫った美々しい顔に狼狽えながらも、ルベルトは首を振る。
「私を思って泣くのはもうそこの乳母のみだ。民は我が身をあなたに捧げることを喜んでくれる。」
ルベルトの答えに、乙女は満足げに頷くと、ルベルトの顔を開放してにっこりと笑う。
そしてあたりを見渡した。
「そなたの血を頂く前に、約定を果たすべきであろうな。危機はいずこに?」
彼女の言葉に、ルベルトは少しだけ目を瞠る。
もし乙女が国を救ってからルベルトの命を獲るのであれば、彼は一瞬だけでも、国が救われた様を見ることが叶うかもしれない。
「今、我が国の周りには魔の者が攻め入っているのだ。もうすでに、国の半分は呑まれた。城が落ちれば、もう半分も時間の問題だろう。」
期待を胸に答えたルベルトに、乙女がすっと赤いまつ毛を下ろし、金の瞳を細める。
そして一つ頷いた。
「我が君の国を脅かすとは不届きな者よ。相わかった。王よ。妾に掴まれ。外へ出るぞ。そこな老婆も来よ。」
ゆらりと差し伸べられた白い手の先で、乳母が小さく悲鳴を上げた。
ルベルトがその身につかまるよりも早く、彼の身体を片腕で抱え込んでいた乙女は彼女の悲鳴に片眉を上げる。
「なんぞ。恐ろしいことなど無い。」
すこし拗ねたような声音で言うと、乙女はルベルトを抱えたままずんずんと前に進み出て、乳母の身体も空いていた腕に収めた。
乳母はもう一度悲鳴を上げたが、抵抗する様子は見せなかった。
「よし、参るぞ。」
腕に収めた二人を確認してから、乙女が天井を仰ぎ見る。
すると天井はするすると黒い曇天の空に変わった。
まわりの景色が、乙女のまわりを球状に包むようにその景色を塗り替えていく。
足元まで景色が移り変わった時、そこは城の上空だった。
迫った魔の者たちの瘴気に空気が揺れ、空には黒くどんよりとした雲が広がっている。
広がる大地は闇色で、民の悲鳴が木霊しているようだった。
その国土の半分を魔に呑まれた王国の姿を前に、ルベルトは苦しげに眉根を寄せる。
その横で、ふわりと鮮やかな赤い髪が揺れた。
「王よ。案ずるな。」
涼やかな声音が、横から響き、視界の端で、乙女が金の瞳を細めるのが見える。
そうしてそれまでルベルトと乳母を抱えていた乙女の白い手が、みるみる太く赤くなった。
オオォォーーーン
まるで大きく上等な鐘がなるような、澄んだ響きが頭上からこだまする。
自分を抱えた乙女の腕だった物の上に、キラキラと赤い鱗が光るのを映したルベルトの視線が、鐘の音に呼ばれて空を仰げば、そこには、煌めく赤い鱗の美しい、嫋やかな竜が天に向って咆哮を上げていた。
その更に頭上を竜の咆哮の音が広がるのに合わせ、金の光が輪となって広がっていく。
それに触れた魔の者たちが彼女の鱗と同じ色に燃え上がったかと思うと、金の光となって空へ散った。
空では同じく黒い雲が音に溶けるように消えてゆき、頭上から日の光が柱となって降り注ぐ。
黒い雲が落とした影と、魔の者で闇色に沈んでいた国土が、空より降る金の光に照らされてキラキラとその翠を取り戻して輝いた。
眼下では城に詰めていた者たちが、魔が退いたことに快哉を叫んでいる。
それはきっとごく短い間の出来事であったはずだが、ルベルトの瞳にはひどくゆっくりと、その美しい光景が映ったように思えた。
滅びの運命は去ったのである。
希望に喜び湧く王国を己の目で見ることが出来たことに、ルベルトは胸を熱くした。
「ほほ、良い眺めじゃな。やはりこの国は美しい。さすが我が君の国じゃ。」
頭上から、ご機嫌な乙女の声が聞こえる。
彼女は赤い鱗を日の光に煌めかせながら、長い首をぐるりと回して闇が去ったハズルーン王国の国土を眺めると、満足したのか翼を翻して、城の中庭へ降り立った。
そっとルベルトと乳母を大地に下ろすと、赤い竜はまた、美しい乙女の姿となる。
乳母はどうやら途中で気を失ったらしく、そのまま大地に横たえられた。
「王よ。妾は約定を果たしたぞ。次はそなたの番じゃ。」
乙女の白い手が、スラとこちらへ差し出される。
蜂蜜色の瞳を細め、その上に長く赤いまつ毛を乗せて、美しく微笑む乙女に、ルベルトは頷いた。
「まこと、感謝する。我が国が救われた景色を我が瞳に映すことが出来たのは、望外の喜びだ。もう思い残すことは無い。我が生命、いかようにもするが良い。」
喜びを胸に乙女の前にひざまずき、頭を差し出したルベルトの頭上で、歌うような乙女の声が響く。
「うむ。よし、ではまず聞きたいのだが、ハルケントは一体何人あの女と子を成したのだ?」
ハルケントとは、随分昔の王の名前であろう。
不思議な乙女の質問に内心首を傾げつつ、ルベルトは賢王として知られるハルケントについて、昔教わった記憶を紐解く。
「たしか……王子2人に姫が1人だったかと思うが…。」
「なるほど。では子は4人は作るぞ。妾はあの女に負けとうない。」
「子供…?」
どう話がつながっているのかわからない言葉に、ルベルトは思わず顔を上げて乙女を見上げた。
そこには頬を薔薇色に染めた美女が満面の笑みで立っている。
「楽しみよなぁ。そなたに似れば、さぞ良い王となろうぞ。」
「私に?」
「うむ、まあ妾に似ても良いが、やはりそなたの面差しが後世に残ることは喜ばしいことよ。何、あんずるな。妾は清い身の上だが、一応その辺の知識はあるぞ。」
頬を染め、赤いまつ毛を伏せて、なんだかもじもじと白い指をいじりながらそんなことを言い始める乙女に、ルベルトは首をひねる。
「もしや、私と乙女の子の話なのか…?」
「王よ、我が名は乙女では無い。ガーネットじゃ。なんじゃ、いきなりそのような話題を出すのははしたないと言うのか。しかし大事なことよ。国の反映に子は必要じゃ!そなたと妾の血を万年先まで残そうぞ!」
口を尖らせて不満げに言うガーネットに、ルベルトは更に首をひねる。
「どういうことだ?私は約定のため、その生命を乙女に捧げここで死ぬのでは無いのか?」
「なに?」
ルベルトの問いに、ガーネットはそれまでの恥ずかしげな表情をしまい、片眉を上げ、不機嫌そうな声を上げた。
そして、ひざまずいたルベルトをその金の瞳で睨みつける。
「何故妾が我が番を弑逆せねばならぬ?そなた、死ぬ気であったのか?」
射抜くようなその瞳に、少し身をひきつつも、ルベルトは素直に頷いた。
「古文書には、王の生を捧げよとあったので…。」
ガーネットはその言葉に眉を潜めた後、ルベルトの襟を掴んでひょいと持ち上げると、その場に立たせた。
騎士であるルベルトは随分と体格が良いほうなのに、まるで重さを感じさせないその動きに、ルベルトは灰色の目を瞬かせる。
「まったくハルケントの奴、後胤に詳しい説明をするのを怠けよったな。良い。この約定がいかような物か教えてしんぜる。」
腕を組み、唇を尖らせて言うガーネットの顔は、それまでの威厳に満ちた物ではなく、まるで少女が拗ねているような様子でルベルトはこんな時だというのになんだか可笑しくなってしまった。
思わず笑い声が口から漏れそうになるのを、なんとかこらえてガーネットの言葉の続きを待つ。
彼女は少し首を回した後、金の瞳をジロリとこちらに向けて話し始めた。
「妾がこの国に訪れたのは、もう千年も前の話じゃ。この身の番を探す旅の果て、とうとうハルケントに出会ったのよ。しかしすでに、ハルケントには番が居た。ではその息子をよこせと申したのだが、あやつ、国を竜に渡すわけにはいかぬと言って、恋する乙女の告白をすげなく断りおったのだ。」
話す内、ガーネットの赤い眉はその間の皺を深め、頬は色づき金の瞳にはジリリと嫉妬の炎が燃えた。
その様は、やはり破れた恋の思い出を語る、少女のように見える。
「しかし妾は諦めきれぬでな。竜はその生きる時の長さ故に、番の血脈まで愛するもの。どうしたらその血を妾に差し出すのだと問えば、ハルケントはしばし考えた後こう言うたのよ。もし国が滅びるような危機にあるなら、その血を竜に渡してでも国を守るだろうと。故に、その言葉を約定として、妾は城の地下に間借りし眠りについたのだ。その血が妾を欲する時を待ってな。」
「な、なるほど…。」
随分と、気の長い押しかけ女房である。
彼女がその気になれば、国を人質に契を交わすこともできたであろうに、それに思い至らなかったのは、ガーネットが清い心の持ち主だったためであろうか。
約定の内容を理解し、頷いたルベルトを見て、それまで険しかったガーネットの金の瞳がとろりと溶け、また蜂蜜色となってその顔に笑顔が咲いた。
「そなたは妾が恋した男にその輝きまでも瓜二つじゃ。いささか若いが、なんの問題も無い。その身の内から漏れる輝きは褪せておらぬな。次こそは邪魔な番もおらぬのであろう?まさに運命と言って差し支えない。千年の眠りの先に我が手を取った背の君がしわくちゃの爺では二度寝も必至であったが、安心したぞ。」
ルベルトは、それまで張り詰めていた緊張がとけて、力が抜けるような心地をしながら、ガーネットの顔に鮮やかに咲いた笑顔を見下ろした。
赤く長いまつ毛をのせた蜂蜜色の瞳に、艷やかな唇が弧を描いて、その様は実に美しい。
長い闇の果てに降り注ぐ日の光に輝くその笑顔に、彼の頬が、朱に染まる。
その様に、蜂蜜色の瞳がわずかに見開かれた。
「そなた、名前はなんという?」
「ルベルトだ。」
「そうか、ルベルト。もう一度言うが妾はガーネットじゃ。古の約定、破りはしないであろうな?」
少し不安げに蜂蜜色の瞳にキラキラと輝く日の光を揺らして、頬を朱に染めた赤い髪の乙女がルベルトを見つめる。
恋する乙女のその言葉に、ルベルトは灰色の瞳を細めて微笑んだ。
「もちろんだ。元より、我が生命はあなたの物。喜んでこの身をガーネットに捧げよう。」
言ってガーネットの腰をそっと抱く。
その腰は、思いの外細かった。
彼の胸の内で、ビクとガーネットが身を震わせると、ルベルトを見上げていた蜂蜜色の瞳から、ぽろりと涙が溢れる。
清廉なそのしずくは、日の光にキラキラと輝きながらぽたりと落ちた。
「長かったぞ、千年は。」
ふ、と息をもらしながらつぶやくようにそう言って、ガーネットはルベルトの胸に顔を埋めた。
すり、と彼女が頬を寄せると、豊かな赤い髪がその動きに合わせてすべった。
いつの間にか、まわりがさわさわと賑やかになっていたと思ったら、竜が舞い降りたのを見た城の者たちが、周りに集まってきていたらしい。
その中には、父と兄達の姿もあるが、いずれも二人をじっと見守っている。
どれだけそうしていただろうか、ガーネットがやおら顔を上げると、決意固い瞳でルベルトを見上げる。
「良し、ではまず子供だ。励むぞルベルト!」
直球なその言葉に、下から殴りつけられたような目眩を覚えながら、ルベルトは顔を赤くする。
「いや、待て。その前にまだやることがある。我が国を取り巻いていた魔は去ったが、いまだその大元はベルデニラの城にある。それを取り除かんことには安心できん。」
首を振ってそう答えると、ガーネットはぎゅっと眉を寄せて唇を尖らせる。
「むう、仕方あるまいな。さっさと掃除を済ませるぞ。我が君の国は、健やかにあらねばならん。」
こうして、ルベルトを背に乗せた赤い竜がベルデニラの大地を清め、魔を払い、ハズルーン王国は竜王国と名を変えて、赤い竜の手におちた。
それから長い時、乙女は愛しいその血が紡ぐ国の物語を見守り続けたが、それはまた別のお話。
タグに「時をかける押しかけ女房」と入れようとしましたが思い切りネタバレなのでやめました。
恋愛ジャンルな時点でバレバレという話もありますが!