同潤会代官山アパートメント
三上延のクレジットに期待するものは何だろうか。
「ビブリア古書堂の事件手帖」のような、知る人ぞ知る未知の世界の紹介、その中で起こるあっと驚く物語を、私は期待した。
タイトルにある「同潤会」の存在を知らず、代官山には行ったこともなく、そこを見たこともない。だからこの小説の舞台がどんな場所なのか私に知識はなく、本の中の物語は表紙から想像するだけだ。その表紙では、学校の校舎のようなコンクリートの建物、その窓辺に赤い服を着た少女がたたずみ、もの言いたげな眼差しでこちらを見ている。笑顔でもなく涙をこぼしている訳でもない、淡々とした表情だ。
本作はしみじみとした世界観のお話だった。
めくってみると、目次には章タイトルと年号が並び、その裏には家系図が載っている。
読み前に想像した通り、章ごとに時代時代が切り取られ、家系図に名前のある人物たちがそれぞれの章で主人公となり、彼ら彼女らの目で物語が語られていく。古い時代から始まり、現代へつながっていく、まあ割とある構成だ。
だが良かった。
涙もした。
派手な事件が起こるでもない。血みどろの争いも華やかな立身出世の一代記でもない。だが、そこには、彼女たちが生きている。ドラマチックなヒーローヒロインではなく、平凡な人生を生きている私たちと等身大の主人公たちが、一人の人物なりのこだわりをもって、それぞれの時代をきちんと生きているのだ。
親代わりとなって育てた年の離れた妹の死に、くやしい、くやしいと嘆き、遣われることのなくなった嫁入り道具の着物を次々と水没させていく八重。
病気を患った妹のために、自分の食べるものを我慢して滋養のある食べ物を買い集める俊平。
出征先で仲良くなった現地の少年、その少年の裏切りを知り皆で彼の飼う犬を殺し食べた。それから肉が食べれず、家族がすき焼きをしていてもそっと煮魚が用意される男。
足を悪くした祖父が、昔居住していた自宅の三階へ行こうとするのに気づき、止めるのではなく、背負って行くよと声をかける孫の進。祖父はなぜと聞かれ答える。「私は、三階に帰って‥ただいまと言いたい」。
あぶないとやめさせようとする娘を制し、「いいじゃないか。よく分からんが、お義父さんにとっては大事なことのようだ」と受け入れる娘婿。「私にできることがあるなら、何でもするさ」
順々に、順々に読み進めていくうちに、反響していくようにあちらからこちらから、エピソードの一つ一つがよみがえり、人の想いが重なり、膨らんでいく。そしてそれを見守るその三階建ての家。
なぜこの家でなければならなかったのか。夫に従い、結婚後入居し住み始めた八重は問う。コンクリートの、モダンとは言われつつ新築当時は馴染みのない、木造でもない武骨なそのアパートメント。それも、三階なんて高層階に。
「どうして、ここに住むことにしたんですか。このアパートメント、わたしは好きになれません」
「今のところ、僕も好きになれません」
ではなぜ。
その謎も彼らは語り、その想いは現代までつながっていく。
ああ、彼らはこの中で確かに生きている。
この場所は確かにあるんだなと思う。
しみじみと。
同潤会、がわからず、インターネットの海に訊くと、出て来た。
のみならず、同潤会代官山のアパートメントの外観写真も。
古い。廃墟のような写真もある。
だが不思議とあたたかみがある。この場所に住んでみたい、と思わせる。
それもこの物語を読んだからこそだろう。
そう言う訳で、とてもすてきなお話でした。
とはいいつつ、あいかわは三上延では、「偽りのドラグーン」が好きです!!




