phase.1-2 機械塔(1/5)
彼女が去った後には、ひとまず自分の役目を終えた安堵感と、何に起因するものなのかも定かでない虚脱感が一度に押し寄せてきた。そしてこの抜け殻となった身を虚しい風がそっと撫でるのだった。
暫くして、バリケードテープを潜って同期の斎藤 真尋が高槻に向かって走ってきた。何が可笑しいのか、笑いながら寄ってくる。
「お疲れさん、彼女にはフラれちゃったのかい?可愛いかったのにねえ、残念」
またそんなことを言うためにわざわざ捜査を放り投げてきたのか。高槻は彼にひどく呆れた。
どうも好きになれない、あの男は。
冴えない顔立ちで、コミュニケーションに乏しい癖に、間違ってこちらが気を許してしまうと、一気に距離を詰めてくる。そして、奴の一番の悪い癖は、親しい同僚のプライベートな話題を聞き出そうとする点だ。まあ、こちらとしては、奴と親しくなった覚えはないのだが。
「悠、今日飲みに行かないか?あの女の子と何があったのか聞かせろよ」
斎藤はまだニヤニヤと笑っている。
いい加減にしてくれないか、と言いたい。だが、こんなことにイライラしてる暇など無い。険悪なムードで長引かせるのではなく、彼との会話は早く切り上げたい。
「いや、今度にしてくれ。まだ仕事が残っている」
そう一言、さも飲みに行けなくて残念だよ、とばかりに話した。
「そりゃ俺だってまだあるさ、仕事が残っているにしてもまだ明るいんだし、日付が変わる前には上がれるだろ」
斎藤も中々諦めが悪い。こちらの事情など察してくれる筈も無かった。
「……悪いが、そんな気分じゃないんだ」
そう言うと高槻は足早に上司が待機している場所へと向かった。報告すべきことも沢山だが、何より今回の捜査は疑問が多すぎる。上が素直に話してくれるかは分からないが、それでも聞いておく必要がある。
上司の久本の元へ辿り着くと、高槻はできるだけ手短に報告を済ませた。後は全て本部へ行ってから、ということだったので、そのまま高槻は久本と共に車で本部へ戻ることとなった。
「いやぁ、高槻君。君に任せっきりになってすまなかったね。何せ年取った連中にはアンドロイドやレプリカントの類を扱えんのよ」
車内では上司の久本 英雄から話があった。
久本は五十六歳。白髪で、刑事でなかったら、どこかの大学の教授でもやっていそうな印象がある。そして何より、部下を思いやる心と威厳を兼ね備えている。警察という組織の一員となってからは何かと災難に見舞われ、苦労続きの高槻だったが、唯一、この久本という男の部下として働くことができるというのが救いだった。
「……それでね、君は不満があったかもしれないが、あの海月っていう女の子は少々特殊なんだ。あの若さで〝proxy〟に配属されていると聞く」
「〝proxy〟って……ちょっと待ってください。話には聞いてましたけど……まさか本当に……」
「実は一年くらい前に予算が上手く通ったみたいでね、これで総理直属の秘密部隊が晴れて正当化されたって訳だ」
……八年前の厄災から、この国の姿は大きく変わってきている。自衛隊は軍へと変わり、都道府県は「Area」統括によって、原型はそこにあるものの書類上からは姿を消した。米国の影の支配はそれまでと比べ物にならないほどに深刻化している。この〝proxy〟も変わりゆく時代の象徴なのかもしれない。
「……ですが、仮に〝proxy〟が存在するとしても、彼女がそれだとは思えません。あの部隊に配属されるのは軍か警察の実力者くらいですよ」
高槻の目に映る彼女はもっと、こう……何かが違っていた。
「彼女が何処から引き抜かれたのかは知らないが、君も見ただろう?彼女はi-linkとやらに繋がっている。その時点で国の高官クラスと対等かそれ以上ってことは察しがつく」