一章
あるところに、一人の少年が居た。
村の中でも、決して立派とは言えない小さな家で暮らし、畑で野菜を育て、それを売りながら細々と生活をしていた。
畑仕事が終わると、少年はいつも近くの森へ出かけるのが日課だった。
緑豊かな木々に囲まれた中で、雑草を背に寝転ぶことが何よりも大好きだったのだ。
真上に広がる枝葉のしなやかさに目を細め、花や草の香りを堪能する。通り抜けていく風のざわめきに耳を澄ませば、それはまるで子守唄のように心地の良いものであった。
少年はいつしか、自分を包み込んでくれる『植物』というものに憧れを持つようになっていた。その気持ちは日々膨れ上がり、あるとき、何気なしに落ちている葉っぱや土を口にしてみた。
味わうように舌で転がした瞬間、ザラつきと共に、強烈なえぐみと苦味が脳髄を打った。
普通の人間ならば、そこですぐに吐き出してしまうだろう。けれど、少年は決して、それを不味いとは思わなかった。むしろ自分の中に取り込むという感覚に、喜びを覚えたほどだった。
その日から少年は、森へ行くたびにそれらを食した。
最初は少なからず慣れない味ではあったが、次第に不思議と砂糖のような甘さを感じるようになった。とはいえ、それが身体の栄養源になるかは別の話である。三日に一度は腹を下し、見る見るうちに痩せ細っていった。
それでも少年は、森の植物と同じものを摂取していれば、いつかは自分もそうなれるはずだと妄信していたが、その成果は一向に現れなかった。
やがて、村人の噂を聞きつけたのか、少年の家に医師がやってきた。
診察の過程で事情を聴いた医師は、理解出来ないといったふうな表情を浮かべ、
「そんなものを食べてはいけない。このままだと死んでしまうよ」
と忠告し、栄養剤を処方していったが、それを飲む気にはなれず、すぐに捨ててしまった。
少年は日々、どうやったら植物になれるのかと悩んだが、普通の村人に相談しても、有益な答えが返ってくるとは思えない。
そこで思い立ったのが魔女の存在であった。
村のはずれの崖上に、その人物が住んでいるという噂の建物があった。近付けば呪われるとの言い伝えから、誰もが敬遠する場所であったが、もはやなりふり構ってはいられない。少年は心ばかりの金品を持って、魔女のもとへと向かった。
やせ細った身体では、道中の山道を歩くのも一苦労であったが、杖を突きながら、必死に歩みを進め、日が暮れた頃に、ようやくその館へとたどり着いた。
「ごめんください」
少年がドアを叩くと、しばらくしてから鉄扉が不気味な音を上げて開いた。
恐る恐る中に入ってみれば、薄暗い室内は背丈の倍ほどもある書棚に囲まれ、机の上では、ガラス管に入った紫色の液体が火に炙られてボコボコと震えていた。
その傍らに、全身を黒褐色のローブで覆う、まさしく魔女といった出で立ちの人物が居た。
「来客とは、珍しい」
「あなたが、この家に住まわれる魔女でしょうか?」
「……いかにも」
「突然で申し訳ありません。折り入って、お願いがあるのです」
少年は跪いて自分の悩みを打ち明けた。
「――――私は、あの雄大な樹木たちの仲間になりたいのです。それが常識的な事ではないとも理解しています。頭がおかしいと笑われるでしょう。しかし、もはや、どうしてもその衝動を抑えられないのです。どうか、この願いをかなえてはもらえないでしょうか?」
「なるほど……中々常軌を逸した話だが、それもまた魔女の役目なのかもしれん……。しかし、お前さんも覚悟はあるのだろうね?」
「もちろんです。どんなことでもいたします」
そう言って、少年は持ってきた金品を差し出し、頭を下げた。




