バレンタインデー当日の話
この世界では“月曜日”がバレンタインデーという
設定になっております。
「帰ろー、束沙ちゃん」
月曜日の放課後、いつものように真琴が私のところへやって来た。
「あ、うん…」
(・・・まずいな)
私は鞄の中に持ち帰る教科書を入れながらふと手を止めた。
鞄の中には、ラッピングした小さな袋。
(せっかく持ってきたけど結局渡せてないし、“コレ”…。 )
そう。今日はバレンタインデー当日。
先週コンビニで真琴にバレンタインデーの話をしたら、その後とんでもない目に遭って・・・・(以下略)
暫く私はチョコレート恐怖症になっていたんだけど。…ね。
バレンタインデーだし、ここはやっぱり渡すべきだよな…と思って昨日の夜、取り合えずチョコを溶かして、ハートの方に流し込んで固めてみたけど。
みたけど…さぁ。
(―――これ…意味あるのか? )
じっと鞄の中のチョコレートを見ていたら、真琴が顔を近づけて来て言った。
「束沙ちゃん?どうしたの?考え事?」
「は?…な、何でもないし!!」
私は慌てて鞄を閉めて、教室を出る。
「ふーん、そう。」
真琴が後ろから、なにか言いたげな声色でそう言いながらついてくる。
「束沙ちゃん、今日暇だよね?うちで一緒にご飯食べようよ」
帰りながら真琴が、キラキラした表情で微笑む。
キラキラが眩しすぎる。
何でこんな、見た目は綺麗なんだコイツは。
「あ、う…―――」
返事をしかけた私は、ハタと気が付いた。
いや、待てコレ。
前にもあったよな、このパターン。
「あ…!そうだ今日、うちにお母さんがいるから帰らないと…」
私がそう断ると、真琴が黙ってうつ向く。
あ、もしかして…怒った?
と私が思うその前に、真琴がスマホを鞄から取り出した。
「束沙ちゃん、佳奈さんなら今日夜勤だよ?まったくうっかりだねっ!」
待て、そのシフト表どこで手に入れたんだ…!
スマホにお母さんの会社のシフトのデータがあるってどういうこと?
混乱している私に、真琴がニコッと天使のような顔をして言う。
「もしかして束沙ちゃん、逃げるつもりだったの?」
まさかね?と微笑む真琴の、あの目!
怖っ!怖いわ!
顔は天使なのに、なんで目が笑ってないとそんなに迫力あるのかなー!?
「まさか…!はは!私、勘違いしてたみたい」
ガチガチの状態で、私は頑張って笑って答えた。
もう!!それしか言えない私のバカ!!
っていうか、冬なのになんでこんな汗かくんだろうね、あぁ…不思議!!
そんな私に、真琴がひょいと顔を近づけて訊ねた。
「束沙ちゃん、今日なんの日か知ってる?」
私の目を、覗き込むようにして首をかしげる真琴。
(かわいいな、くそっ!なんで女より美しいんだコイツは!)
「し、知らない…!」
私はそれを直視できずに、目を逸らして答えた。
「そっか!じゃあこれから教えてあげるね♪」
あ。
真琴がこの口調の時のパターンは、やばいぞ。
これは危険だと察知した私の脳はすぐに鞄からチョコレートを取り出すように命じた。
「知ってる!コレ!はい、あげる!!」
早口で、そして超高速で、私はチョコレートを取り出しながら真琴の前に差し出した。
「・・・何これ?」
キョトンとした顔をして、真琴が呟く。
「え、チョコレート…だよ?」
ラッピングが下手すぎてゴミだと思われた?
いやいや、さすがにそれはないよね?
「え?」
「え?」
真琴がなぜか珍しく固まった。
それは今までにないパターンで、私は対処法が分からずビクビクしながら真琴を見つめる。
「…束沙ちゃん、作ってくれたの?」
「え?うん、まぁ…一応?」
「………」
え、なぜ沈黙?
というか、受け取らないの?
私のこの、差し出したままの手が、結構しんどいんだけど?
「真こ…」
様子を窺うように私が声をかけた瞬間…――。
真琴が、私を抱き締めた。
「束沙ちゃん、大好き」
ギュウギュウ締め付けながら、真琴が言った。
「あ…え、と…うん…」
分かった。
わかったから。
取り合えず…―――さ、酸素ください。
やっと腕の力が少し緩まって、息が出来たと安堵していた私に、真琴が囁いた。
「だから、一生逃がさないからね♡」
―――耳元で、まるで愛をささやくように。
「え…っと…」
だけど、どうしてだろう。
いま私、してはいけないことをしてしまったような、後悔に押し潰されそうなんですけど…。