バレンタインデー
学校帰りにいつものコンビニに行ったとき、それが目に入った。
「もうすぐあの日か…」
そう思ったんだけど、どうやらそれが声になって出ていたらしい。
「あの日?って束沙ちゃん、せい…っ」
何か言いかけた隣の口を、私はバッと手で塞ぐ。
慌ててたから加減を間違えてベチッて鈍い音がしたが、まぁ致し方ない。
なんなのコイツ…、ほんとなんなの?!
(今、“生理”って言おうとしなかった?いや、した。絶対そう!)
混乱しながら私は、真琴とうっかり目を合わせてしまった。
「ちょ…っ」
塞いでいた私の手にキスなんてするから、私は反射的に手を引っ込める。
真琴がそんな私の様子にクスリと妖艶に笑う。
「来なくて困ってるの?生「黙って。」
違うから。
いまそれ、全く関係ないから。
っていうか、恥じらいとかないわけ?
冷ややかな目を向けて見るが、彼には通じない。
ですよね、真琴だもんね。
「そしたら困るね、僕まだそういうの要らないし。赤ん坊とかに束沙とられるくらいなら、それ棄てるよね」
「あのね、真琴。」
問題発言のオンパレードは慣れているからこの際置いといて。
「いろいろ、飛躍しすぎ」
何度もツッコんでおくけど、それ、いま関係ないからね?
「そ?ならいいけど。じゃあ、あの日って何?」
「何って、…バ、バレンタインデーでしょ」
ほら、見れば分かるでしょ?とコンビニに入ってすぐのところの棚を指差す。
「バレンタインデー?何それなんの日?」
「は?」
とぼける真琴に、私はつい笑ってしまった。
「いやいや、知らないわけないでしょ?」
なんの冗談ですか?
知らない日本人…、いや男子高校生とか、居ないでしょ?
「チョコレートの日?」
棚を眺めながら、真顔で真琴がそう訊ねる。
(…や、まぁ、ハズレでもないけどさ。)
微妙な表情をしていたら、こちらを向いた真琴が顔を近づけてくる。
「な、何?近いんだけど、」
「正解、教えてよ。知ってるんでしょ?束沙ちゃん」
ちょっ…!
教えないなら口を塞ぎますよ的な、獣の目をしてこっち見るな!
店員がチラチラ見てるんだってば!
「…女の子が好きな人にチョコ渡す日っ!分かった?」
真琴の肩を押して引き離しながら、私はやけ気味に言った。
「うん。分かった」
真琴が嬉しそうに微笑んで、私に言った。
「束沙ちゃんが、僕にチョコを渡す日ね?」
「……は?」
何がどうなって、そうなった?
……いや、真琴のことは、まぁ…あれだけどさ…。
「普通じゃつまらないし、じゃあ束沙ちゃんがチョコレートになる日ってことにしよう」
「は?」
ちょっと待て。
今、日本語おかしくなかったか?
私がチョコレート?
I'm chocolate?
ナイナイナイナイ!!
どんなんだよ、それ!
「甘いのはあまり得意じゃないけど、うん、束沙味なら完食する自信あるし!」
見惚れるほどの美貌を最大限に悪用して、悪魔が微笑む。
その瞬間、なぜか自分がチョコまみれになって、真琴に食される場面を想像してしまった。
「ふ、ふざけんなっ!」
あ、ヤバい。声がでかすぎた。
店員さん、めっちゃこっち見てるし!
恥ずか…「店員さん、何か用ですか?」
ちょっと!なんで逆ギレするんだ、真琴は!店員さん、殺意剥き出しな真琴にビビって目合わせないし、気の毒過ぎだろ!
「店員さんに絡むな!ってかスルーすんな!」
つか、さりげに決定事項っぽくなってない?
やらないよ?
無いからね?
「ところでバレンタインデーって何月何日?」
「え、来週の月「は?待てない」」
言い終わるより前に真琴の不機嫌な声がそれを遮った。
「は?―――って、ちょっと!?」
呆気に取られているうちに真琴によってズルズルと強制的に引きずられるようにしてコンビニを出ることになった。
(あぁー、肉まん食べたかったのにぃー)
名残惜しくて店内に視線を戻すと、コンビニ店員さんがいまだに怯えていて、ひたすらうつ向き気味にレジを打っていた。
(気の毒過ぎる…)
その後、どうなったかって?
言いたくありません………。(遠い目)