主夫もこなせる彼
────そもそも、どうしてこうなったんだっけ?
小学校で真琴に会うまでの私は、友達もたくさんいたし、
“ちゃんと”女の子と遊んだりしてた。
中学2年まではどこにでもいる、“普通の”女の子だったはず。
中学3年にこの町に戻ってきてあいつと─────真琴と再会するまでは───・・・。
ふと目を覚ました私は心臓が止まりかけた。
なぜって、視界に飛び込んできたのが見慣れた天井だけではなく、頬を緩ませた真琴の、とろんとした表情がそこにあったから。
「おはよ、束沙ちゃん。」
「ぎゃ…むぐっぅ」
ぎゃあぁぁ―と叫ぶところを、瞬時に阻止された。
真琴にはそれが想定内だったみたいに。
幸せそうな表情を崩すことなく、素早く私の口を手で塞いだのだ。
(だって、ここ、うちの────砂川家のアパートだよ?)
何で真琴がここに居るのよっ!?
ていうかいつからそこに?!
「大きな声出したら佳奈さん、起きちゃうよ?」
佳奈さん、というのは、うちの母だ。
母子家庭の我が家は母がいつも深夜勤務をしてくれることでなんとか生活することができる。
そんな朝方帰ってくる母を起こすのは確かに意に反するわけで。
私が素直にコクコクと頷くと、真琴は手を離した。
「・・・・・なんで真琴がここに?」
(落ち着け、束沙。真琴なんだから、あり得るでしょ)
自分をそう言い聞かせて落ち着かせようとしている時点で、思考回路がぶっ壊れてる気もするけど。
(でも、本当に────どうやって入った?)
「だって昨日先に行こうとしてたでしょ?今日は逃げられないようにしなくちゃと思って」
笑顔でそう言ってるけどさ、真琴。
目が、大きな瞳が────ちっとも笑ってないんだけど?
(しかも私の質問の答えになってないよね?それ・・・)
ってか、だからって女の子の部屋に勝手に入るか普通?
あ、“普通”とかそういう概念は真琴には皆無だったね。
やだ、私ったら。
あはは、今更論だわ。
「ハァ・・・仕度するから待ってて」
私はタメ息をついてから、布団から出る。
「朝はトーストにベーコンエッグ、あとサラダね」
パジャマのままキッチンに向かう私に、真琴が幸せそうに言う。
(ん?ちょっと待って────。)
どういうこと?っと真琴に問い掛けようと顔を向けると、真琴が上機嫌な笑顔で言った。
「束沙ちゃん、好きでしょ?作ってきたよ」
あ、持ってきてくれたんだ。
びっくりしたなぁ、もう。
てっきりうちの台所で作ったのかと思っ・・・・。
(って、ホッとする所おかしくないか?)
そう気がついて愕然としてしまう。
「私、どんどん普通じゃなくなってく・・・・・」
「コーヒーはミルクと砂糖多目だったよね」
「あ、ありがとう」
キッチンテーブルの椅子に腰掛ければ、タイミングよくコーヒーまで出てくるし。
至れり尽くせりだな、朝から。
思わずお礼を言って、コーヒーを口に含んだ。
「・・・って、なぜうちの台所事情を知ってるわけ?」
コーヒーメーカーの使い方も、砂糖とミルクの場所も。
ついでに私のコーヒーの味の好みまで。
「早くしないと、遅刻しちゃうよ?」
私の向かいに座った真琴が、頬杖をついてこちらを見つめながら微笑む。
(ああ、今日も────真琴との一日が始まった・・・・)