観念
「今日みたいに、いつもぶつけてくれたらいいのに」
(おかしいな…ーーーここ、私の家ですよね…?)
目の前でカチャカチャとお皿を片付けている真琴の姿に、
私はただただ呆然としていた。
一時間前…――――
また喰われると思ったが、真琴はパッと身体を離して言った。
「束沙ちゃん、ごはん持ってきたよ、一緒に食べよう?」
拍子抜けした私は、唇に淋しさを覚える。
「近藤さんの手作りだよ、束沙ちゃんが絶賛してた中華、作ってもらったんだけど」
「…食べる」
(決して懐柔されたわけじゃないから!ただ近藤さんが折角作ってくれたなら…って思っただけで)
そして食べ終わった食器をうちのキッチンで真琴が片付けているっていう…―――今に至る。
「今日の束沙ちゃん、たまらなかったな…可愛いすぎて」
真琴が思い出し笑いする。
(こいつ、一体いつのどの場面で、可愛いとか言ってるんだ?今日なんて、「放っておいて」とか「大嫌い」とか酷いこと言ったのに)
「あの場で押し倒さなかったこと、感謝して欲しいよ」
「…はぁ?」
(真琴の思考回路は、絶対ぶっ壊れてる。)
私はそう確信した。――――いや、前から思ってたけど。
「感情むき出しの束沙ちゃん、僕大好き」
「…私は放っといてって、大嫌いって言ったんだよ?」
「うん」
(うんって…ーーー言葉通じてる?)
食器を洗い終わった真琴が、食卓に座ったままの私の前まで来ると、そっと手をとった。
「“触んないで”とも、言ったはずだけど?」
私がドギマギしながらそう言うと、真琴がプッと笑った。
(なんなのもう!…可愛い表情…―――しちゃって…)
「束沙ちゃんって素直だなー、本当に」
「なにそれ…ん!むっ」
(触んないでって、キスしていいって事じゃないんだけど!!)
心の中で、そうツッコんでたくせに、唇は真琴を受け入れていた。
――――唇が離れると、真琴が幸せそうに私を見つめていた。
(…―――もう、やめよう…。私の負けだ…ーーー)
私は真琴から…―――自分の気持ちから逃げるのを観念した。
「―――とりあえず、週末の約束は無しってことで」
「え?」
(だから、なんでユキちゃんとの約束をあんたが知ってるの?)
私が驚いていると、真琴が意外そうな表情で言う。
「え、あいつ消してもいいの?」
「ダメ!絶対だめ!」
(――――いや、というか、“消す”ってなんだ?)
「――――真琴、今舌打ちしなかった?」
「してないよ。やだな」
そう言って真琴は、微笑んだ。
(だから、その笑顔が怖いんだってば…ー)