悔しい!
その日私が家に帰ると、アパートの二階、つまり我が家の部屋の灯りがついていた。
(お母さん、珍しく早いな…ーーー)
「ただいまー」
玄関で靴を脱ぎながら、帰っていたお母さんに声をかける。
「おかえり束沙。遅かったね…」
そう言って玄関まで出迎えてくれたのは、――――真琴だった。
「ちょっと…他人の家に何勝手に…ーーー」
いつものことだけど、今更だけど、…――――私は驚きと今までにない恐怖に震えた。
「待ってたんだよ、束沙ちゃんが帰ってくるの。」
そう言って真琴が微笑むから、余計に恐ろしくなる。
(ヤメテ…ーーー)
私は気付くと、二歩ほど後ずさっていた。
「―――高橋くん、幼稚園の頃のトモダチだったんだ?知らなかった。」
真琴が目を伏せてポソリと言った。
「な…?」
(なぜそれを…―――)
その会話をしたのはついさっき、カフェにいた時だけだ。
「束沙ちゃんは僕のモノなのに、無断で約束とか…あいつ本当有り得ないよね。」
同意を求める口調で、真顔の真琴が立ち尽くしていた私を壁際に追い込む。
「ねぇ、束沙ちゃん?」
美しい顔が近付き、余計に私を震わせる。
そして突然ダンッと私の腰辺りの高さ、しかも真横の壁を蹴る。
(え、…足ドン?)
「君は僕のモノ、でしょ?」
真琴の蹴りは苛立ちをぶつけるように乱暴で、
冷酷な瞳が私ではなく蹴りを入れた壁を見つめている。
「…私、は…真琴のモノなんかじゃない!」
壁に背中をつけたまま身動きもとれない中、私は真琴を見据えて言う。
「へぇ…」
すると、壁を蹴ったままの脚を下ろし、真琴が笑う。
「やっぱり良いね、束沙ちゃん。」
真琴を拒絶したつもりだったのに、なぜか本人は嬉しそうに笑ったのだ。
「は?」
「そういうの、大好きだよ」
真琴が私に身体を密着させるように、足の間に足を入れてくる。
「は、離して…」
(目を見たら負けだ、抵抗しなきゃ…ーーー)
そうしなくちゃ、また真琴の甘い誘惑に呑まれてしまう。
(…判っているはず、それなのに…ーーー)
どうして私はその瞳に囚われてしまうんだろう。
なんでも見透かしているような、鋭い光を宿している深い瞳に。
(こんな時でさえ、見惚れてしまう自分が…堪らなく悔しい…ーーー!!)