この感情に答えがあるなら
『砂川束沙さんは、僕のモノですので』
『愛おしくて愛おしくて、誰の目にも映したくないぐらい愛してるよ』
『束沙ちゃんの泣き顔、大好き』
あんな安っぽい言葉に、ほだされてなんかない。
真琴がなんと言おうと、私は真琴のことを好きじゃない。
だいたい腐れ縁だからってつきまとわれて、迷惑してるのよ。
(――――それなのになんで私、こんなに落ち込んでんの?)
四時限目の体育が終わると、私は女子トイレに籠っていた。
お腹を壊してるとかじゃなく…ただ一人になりたかった。
(何やってるんだろ…私ー―――)
女子高生ってもっとこう、キラキラキャピキャピしてるもんじゃないの?
それが昼にトイレに籠って涙をこらえてるとか…ーーー。
(全然、思ってたんと違う!)
頭を抱えて、項垂れる私。
『束沙ちゃんの嫌がる顔が見たかっただけだから、もう抱いたりしないよ?』
ふと、さっきの真琴の言葉が頭をよぎる。
もう抱かないって、当然でしょ!何様のつもりっ?
むしろこの間のだって、合意の上とかじゃないし!
(――――…愛し合ってるわけでも…ないし。)
回想されるのは、中学二年生の時前の学校の女友達と恋の話で盛り上がった時のこと。
――――色恋沙汰に、興味を持ち始め、夢みてた時期。
あの時私が思い描いてたのは、“乙女チックな恋の進め方”で…。
――――“初めて”は大切な好きな人と…なんて、バカみたい。
「少女漫画か、っての!」
思わずやさぐれた心の声が出る。
現実はただ、雰囲気に呑まれて何となく――――。
好きとか付き合ってとか、そういう段取りとかもなくて。
触れられたのが嫌じゃなかったから、とか…そんな程度で。
涙が出かかって、堪えると喉の奥がギュッと痛んだ。
(こんな自分に幻滅して、落ち込んでるんだきっと…)
ようやく気持ちを落ち着けて、トイレの個室から出る。
「あ、束沙ちゃん?」
トイレを出たところで、廊下を歩いていた歩に会った。
「歩…」
私は久しぶりに会う唯一の友達に嬉しくなる。
「珍しいね、こっちの校舎にいるなんて」
歩はF組で、教室が南校舎にある。
《ちなみにA~D組は北校舎で、私はA組だから全く会うことがなかった》
「うん、ちょっと北校舎の友達に会いに」
歩はどうやら自分のクラス以外にも友達がいるようだ、羨ましい。
「それより聞いたよ、」
歩がからかうように言う。
「束沙ちゃん達、やっぱ付き合ってるんだって?」
「は?」
(何それ。というか今、気持ちを立て直してきたとこなんだけど?)
私が絶句しているのを、驚いていると勘違いしたのか、
含み笑いをしながら歩が続ける。
「神崎くんと、だよ!こっちの校舎でもその話題になっ―――」
「それ、真琴が言ったの?」
歩の言葉を遮るように、私は聞いた。
(きっと今、ひどい表情をしてる…)
だから私は、目線を上げて歩の顔を見るなんて、出来なかった。
「いや、噂で聞い…て、え?違うの?」
私の異変に気付いたのか、歩が驚いたように言う。
「やっぱり噂は噂か――…あ、束沙ちゃん?」
――――歩を避けるように、私は自分のクラスに戻った。
―――噂の原因は、きっと体育だ。
二人で保健室なんて、疑われるに決まってるよね。
(だけど、そんなことより…今胸が苦しいのは…ーーー。)
「束沙ちゃん、考えたんだけど」
真琴が待ち構えていたかのように、私の元へやって来た。
(この男が、私に抱いてる感情が全く理解できないから―――…。)
「うちで、お手伝いさんしてよ!どう?」
名案と言わんばかりのテンションで、真琴が言う。
「するわけないじゃない、ばか」
私は下を向いたまま、鞄から自分で作ってきたお弁当を取り出す。
(――――あれは何だったの、なんて…聞けるわけない)
だってあれは、ただの嫌がらせで、トラウマ作りで…
こいつは私が嫌がるのを面白がっているだけ。
「だって外でバイトしたら帰りとか心配だし。きっと佳奈さんも心配するよ?だったら僕の家で近藤さんの代わりに…ーーー」
“好きだから”“愛してるから”
…――――そんな言葉で、何でも許されるとでも?
ふざけないでよ…ーーー!
「もう、私のことは放っておいて」
(――――…もうやだ。振り回されたくない。)
「束沙ちゃ…―――」
真琴が心配そうに手を差し伸べる。
その手を私は、大袈裟に払った。
「触んないでよっ、ばか、変態!」
「束沙ち…」
「真琴なんて大嫌いっ」
ずっと言わなかった言葉。
言ったら真琴を傷付けると分かってた一番の言葉を、
私は初めて真琴にぶつけた。