体育の時間
「束沙ちゃん、次の時間保健室だよね?」
三時限目の数学の授業が終わると、真琴が私に言った。
「え…あ…ーーー」
一瞬、なんで保健室?私、元気なんだけど?と思った私は、
次の時間が“体育”だと気が付く。
「行こっか」
真琴が私を誘う。誰にも見せない、極上の微笑みで。
保健室に向かう途中、隣を歩くだけなのに変に意識してしまう。
「――――け、仮病だってバレたらどうするの?」
私は、黙っているのも気まずくて真琴にそんなことを聞く。
「ん?大丈夫だよ、この時間保健師さんいないはずだから」
真琴が気にも留めていないようにサラリと答えた。
「え」
(それはつまり、私と真琴…二人きりってこと?)
「束沙ちゃん、顔赤いけど熱でもあるの?」
私の反応を愉しむように、真琴が顔を覗いてくる。
「それとも、なにか想像してた?」
―――クスッと嫌味に笑うこの男、本当にタチが悪いと思う。
「はぁ?してないし!」
私は真琴と目をあわせずにそう言うのがやっとだった。
保健室に着くと、真琴の言った通り、保健師の先生は不在だった。
(保健室に保健師いなくてどーすんの?)
動揺しながら、私は心の中でツッコむ。
部屋に二人だけにされると、嫌でも思い出してしまう。
あの、夜のこと…ーーー。
「痕、消えちゃったね。もう、一週間だもんね」
ポソッと、後ろから真琴が何か呟いた。
「?」
(体育、出たかったな…。今日は確かバスケだったのに。あーバスケなんて最後にやったのいつだったかなー)
私は邪念を追い払おうと、必死で“体育”について考えながらストンと長椅子に腰かける。
「そういえば、」
真琴が座った私の前に、ゆっくり歩み寄りながら言った。
「トラウマ、上書きするつもりだったのに」
「!!」
真琴の言葉に、私の身体が反射的にビクッとした。
(突然なに言い出すかと思ったら…いきなりその話振る?)
「…悦ばせちゃったよね?」
真琴がビクッとした私を見て、嬉しそうに笑う。
「喜んでません!」
私は全力で否定する。
(――――あぁ…あの日の話はもう聞きたくないのに。私がどうかしてたんだから…)
「ふふ、束沙ちゃんは本当に素直だね」
私の目の前に立っていた真琴が、スッとしゃがんだ。
目の高さが同じになって、視線がぶつかる。
「はぁ?」
(って近いから、顔…!!)
私が外方を向いて言うと、真琴がクスッと笑う。
「顔、真っ赤だよ?」
(誰のせいよ…っ)
もうここから消えたい。―――なんなんだ、この耐え難い状況。
甘い空気に包まれて、完全に真琴に振り回されてる自分。
ドキドキ心拍数が上がってしまう自分。
(もうっ!理由がわからない!)
「大丈夫、」
真琴がしゃがみ込んだまま、私を安心させるかのように私の手に、手を軽く重ねて微笑んだ。
「束沙ちゃんの嫌がる顔が見たかっただけだから、もう抱いたりしないよ?」
その微笑は美しくて優しくて…――――そして残酷だった。