バイト探し
「束沙ちゃん何見てるの?―――え、バイト?」
ホームルームが終わって、教室で一人、求人誌を眺めていると、真琴が私の席にやって来た。
「うん。お母さんだけに生活費と学費負担してもらうのは申し訳ないし。高校生活に慣れてきたら始めようと思って」
私は求人誌を見ているふりをしながら、そう答える。
――――あの日以来…真琴の表情が柔らかくなった。
私が真琴の家で、中華料理をご馳走になった、あの夜から。
(まぁ、ストーカー並の妙な執着心は相変わらずだけど)
そして私も…あの日以来…自分の中で明らかに変わったことがある…。
「バイトかー…」
パラッと何気なく、真琴が求人誌を捲る。
――――ドキン…ッ
そんな真琴の指先が視界に入ってきただけで、不覚にも私の心臓が跳ね上がる。
求人誌に視線を落とす、長い睫毛。
シャツから覗く、首もとの透き通るような白くキレイな肌。
「束沙ちゃん?」
――――ドキドキドキドキッ…
そして迂闊に目を合わせたりすると、こうして私の心拍数が一気に上がる…。
「意識しすぎじゃない?この間から」
クスッと真琴が笑う。幸せそうに輝かせた瞳を細めて。
「何言ってるの?ばか」
動揺しながら私が言えるのは、それぐらいで。
このあいだ、“初めて”を喰べられてから…――――完全に、真琴に振り回されている。
「また一緒にごはん食べようね?なんなら毎日でも…ーーー」
「ないない!!私はバイトを探すんだから!」
「あ―…、バイトね…」
「なんで真琴が考え込むの?私のバイトなのに」
「じゃあ、僕もやる!」
「え!?必要ないでしょ、真琴は」
(お金に困ってる訳じゃないんだし…ーーー)
「だって束沙ちゃんが心配だから」
(いや、真琴がバイトなんて、私の方が心配になるわ…)
―――私は、母と二人で暮らしている。
私に“強さ”を叩き込んだ、空手の師範代だった父は、病魔に勝てずに二年前に他界。
母が深夜勤務の仕事をしながら、なんとか二人で暮らしている。
一方の真琴は、母親は幼い頃に愛人と居なくなったらしく父親と二人暮らし。
その父というのが、ハウスクリーニングという業種の会社を全国展開で経営している社長さん。
――――激務なのか、滅多に家には帰って来ないらしいけど。
(だから私の家と、真琴の家は、生活水準も違うわけで。)
しかも真琴は、つい一年前までは立派な引きこもりだったし、社会に出てお金を稼げるなんてとても想像つかない。
「何の仕事にするの?」
私が考え込んでいると、真琴が尋ねる。
「んー、やるなら飲食店かなー。賄いとか出るところ」
(そうしたら、晩御飯作らなくて済むしね。)
「…ふーん」
私の言葉に素っ気なく返事をした真琴は、何か考えているようだった。