料理の美味しさに油断した時は?
「はぁぁぁー、美味しかったーーっ!御馳走様でした!!」
こんなに美味しい誰かの手料理…しかも気にせずお腹一杯食べたのはいつ以来だろう。
私はパンパンになったお腹を幸せ気分でさする。
…―――と、両肘を食卓につき、その上に顎を乗せてこちらを見つめている真正面からの熱い視線に気づいた。
「真琴、ちゃんと食べた?」
(うわ…今更だけど、私ずっと夢中で食べてた…ーーーー)
真琴の前にある皿に目をやると、まだエビチリも麻婆豆腐もたくさん残っていた。
「ふふ、…食べたよ?」
真琴が可笑しそうに…そして幸せそうに笑う。
(―――私…真琴の存在をすっかり忘れてごはんに夢中とか…どんだけ飢えてるのよ…。)
私は恥ずかしくなって、
「私、食器洗うね」
と、真琴に表情を見られないように自分が平らげたお皿をキッチンシンクへ運ぶ。
「束沙ちゃんはやらなくていいよ。どうせ明日、近藤さんがやるんだから」
食器の汚れを水で流していると、
背中越しに真琴の面倒臭そうな、そんな声が聞こえてきた。
「あのねぇ、真琴…」
私は振り返って、頬杖をついて座ったままの真琴にため息をつく。
「自分がやれることは、自分でやりなよ!近藤さんへの感謝の気持ちとしてさぁ」
―――真琴の前には残されたままの料理が放置されたまま。
(あぁー、勿体ない!)
「こんなたくさんまだ残ってる…ねぇ真琴、食べないならこれ私持って帰ってもい…ーーー」
いつの間にか、私の後ろに回り込んでいた真琴が、
私を後ろから抱き締めた。
「束沙ちゃん、すっかり元気になったね…」
―――耳元で、艶っぽい声で囁かれる。若干かすれた真琴の声に、ぞわっとした。
「…―――真琴…?」
(あぁ…なぜ私は警戒心を解いてしまったんだ…?)
「じゃあ、始めよっか?」
―――今度はなにやら愉しそうな、弾むような声で。
「な、な…何を、カナ?」
私は、バクバクとうるさい心臓音に真琴が気付きませんようにと祈る。
「トラウマ作りっ♡」
(今、語尾にハートマークありませんでした?見間違いですかね!?)
「トラウマって…作るものじゃないよね?というか、作るべきものじゃないよね?」
(――――というか、その前に放してっ…離れてよっ…)
「うーん、そうかな?ま、そんなことはどうでもいいよ」
抱き締められていた腕が緩んで、ホッとしていると今度は手を繋がれる。
真琴の声がいつもより低く、そこに感情が入っていなかった気がして、私は後ろをそっと振り返る。
…――――光の宿していない、冷たく闇のように暗い瞳が、私をじっと見つめていた。
「あの、塚田修が植え付けたトラウマが、僕は許せないから―――」
――――…手を繋いだまま真琴に連れられて、私は二階への階段を上がる。
「塚田…?って…」
私が知ってる“塚田”。それはつい昨日知り合った…ーー。
(―――もしかして、“あの”、“脚フェチの塚田”!?)
先を歩く真琴の背中を見ながら、私は嫌な予感がしていた。
「あいつを見ただけで束沙ちゃん震えたよね…、そんなのイヤだ。堪えられない。だから、今日は僕がトラウマを上書きすることにした。」
(ちょっと、いや全く何言ってるのかわからないけど…―――)
とりあえず真琴が、あの一件でもの凄く怒っているのは分かった)
「待って、真琴…。私はあんなやつのこと、何とも思ってないから―――」
私は、なんとか真琴の苛立ちを抑えようとする。
(本当に、あんなやつにされたことなんて何とも思ってない。―――ただ、勝手に足がすくんでしまっただけで)
「束沙、ちょっと黙っててよ」
でもその説得する声は、真琴には届くことはなく…――ーー。
「…―――ま…」
私は真琴の部屋の…あの時のフワフワのベッドの上に押し倒されてしまった。