大好物に心奪われた時は?
ガチガチに警戒しながら私は、真琴の後ろをついて行き、神崎家の豪邸に足を踏み入れた。
――――自分から足を踏み入れたのは中学三年の、再会した時以来だった。
でも、リビングに通された私の目の前に、真琴以外の人間が待っていた。
「お手伝いの、近藤さん」
真琴が、無表情で紹介する。
「こんにちは。―――束沙さんですね?」
にこやかな、安心できる笑顔で“近藤さん”が言った。
うちのお祖母ちゃんに雰囲気が似ていると思った。
「あ、はい。砂川束沙です、初めまして」
とりあえず初対面だったので、ペコリと頭を下げて挨拶する。
「真琴坊っちゃんからお話はよく聞いておりました」
なぜか嬉しそうに、近藤さんは目を細めて微笑む。
「今日の夕御飯は何?近藤さん」
いつの間にか部屋着に着替えて、真琴がリビングに戻ってきた。
「中華に致しました」
近藤さんが真琴に言う。
「中華!?」
(それって、中華料理ってことだよね?えー、すごいー!)
「嬉しそうだね、束沙ちゃん」
真琴がフフッと笑う。
(…心を読まれた?声に出てた?)
つい、大好きな中華と聞いて、喜んでしまった…なんか恥ずかしい。
「主食はレタスチャーハン、主菜には、酢豚、麻婆豆腐、エビチリソースを、副菜にはごま団子、しゅうまい、春巻を作ってみました。」
近藤さんがキッチンへと向かいながら、言う。
(近藤さん…すごい!料理の鉄人ですか?)
私も中華料理作りたいとは思ってるんだよ?
でも、なかなか手が込んだものを自分のために作る気になれないんだよね…作っても麻婆豆腐とか市販の味付けのやつだし。
目の前に広がるすごく久しぶりの中華料理に目を輝かせ、思わず唾を飲む。
そんな時だった。
「坊っちゃん、では私はこれで…」
かわいらしい薄ピンクのエプロンを外しながら、近藤さんが言った。
「うん、ありがとう」
真琴が無表情で近藤さんに言う。
「え、近藤さん、帰っちゃうんですか?」
(帰らないで…!二人にしないでぇーっ!)
私は心の中で懇願する。すがりつきたいぐらいだ。
(中華料理は食べたい。でも真琴と二人きりは怖いよ。)
「えぇ、私の勤務時間は五時半までですから」
近藤さんが困ったような笑顔で言う。
「近藤さんには、旦那さんもいるんだから、引き留めたら可哀想だよ?」
真琴が焦る私を可笑しそうに見ながら微笑んで、言う。
「では失礼します…」
礼儀正しいお辞儀をして、近藤さんがリビングから出ていく。
パタンとリビングのドアが閉まり、私と真琴と中華料理が残される。
(あぁ…近藤さん――――っ!カムバーック!)
(中華料理…食べたかった。普通に、食べたかった…。堪能したかった…)
私は、心の中で涙を流す。
「束沙ちゃん?食べよう?」
「え…」
真琴の言葉に、私は耳を疑った。
「せっかく近藤さんが作ってくれたから温かいうちに、食べよう?」
(なんか、拍子抜け…ーーー真琴が何もしてこないなんて。)
「う…、うん。いただきます…?」
目の前のご馳走に、私はおそるおそる手を合わせた。
(逆に怖い…これ、毒とか…睡眠薬とか入ってないですよね?近藤さん?)