初めて会話を交わした日
「やめなさいよ、あんた達!」
あれは暑い日…夏休みに入る前の日だった。
蝉の鳴き声がやたらうるさかったのを覚えている。
腕組みして仁王立ちした私に、同じクラスの男子達は
「うわ、男オンナが来たー」
「狂暴ゴリラ来たー」
と、ギャーギャー騒いで逃げていった。
――――砂川束沙、小学三年生。
「誰が狂暴ゴリラだ、ボケ!」
私がクラスの男子にそう罵声を浴びせていると、
一人残された隣のクラスの男子、神崎真琴が目に涙を溜めて、じっと私を見上げていた。
「あの…っ」
あの時の真琴は、純粋で儚げな美少年という代名詞がピッタリだった。
サラサラの色素の薄い茶髪。バンビのような大きく丸い瞳。
そして色白で、華奢。
「あ…ありがとうっ」
(――――…女子力高いなこいつ…)
潤んだ瞳で私を見つめる彼に、私は幼心にもそう思ったのだった。
その時の私はといえば、毎日外で遊び狂ってて真っ黒に日焼けしてたし、その時も虫籠を斜めがけしていたしね。
「あんたもさ、男ならやり返すぐらいしなさいよね」
そう言い残して私は、近所の公園から家に帰った。
隣のクラスの神崎真琴。あまりの美少年で、小学校で知らないやつはいない。
だから女子にモテ始めたらしく、僻んだ男子に虐められていた。
(情けないやつ…)
私は当時、父の影響で空手を習っていた。
ある日クラスの男子と喧嘩になり、取っ組み合いで勝った。
それで自分の“力”に、酔っていた時期だった。
――――自分は強いと…思っていたんだ。
そして、真琴と初めて会話を交わしたのは、そんな私のほんの気まぐれからだった。
それから父の病気が発覚し、療養を理由にすぐ田舎に引っ越すことになって…ーーー。
結局病気は良くならず、父は他界。
そして中学3年の春に、母とこの町に帰ってきたわけだけど。
転校してきた中学では『神崎くん係』というものがあった。
神崎真琴は、見事な引きこもりになっていて、
毎日当番制で、クラスメイトが二人ずつ訪ねることになっていた。
中学3年では私のクラスに神崎真琴の籍があり、
『神崎くん係』は、うちのクラスで引き継がれることになった。
部活があったり、受験も控えていたり…――――
それでも皆、一度は神崎家の呼び鈴を押した。
だが、彼がドアを開けることも、呼び鈴に反応することもなかった。
中学3年の秋、三回目の『神崎くん係』が回ってきた時のことだ。
その日、私のペアだった男子は、用事があるからとかテキトーな理由で居なくなった。
(仕方ない、一人で行くか…ーーー)
私は神崎家の城のような家の門に辿り着くと一息ついて呼び鈴を押した。
「すみません、同じクラスの砂川束沙です」
「砂川…束沙…?」
インターホン越しに復唱される名前。
その声は低かった。
(…――アイツ、声変わりしたのかな?)
私の記憶の中の神崎真琴は小学三年生で止まったまま。
あの頃、美少女と間違えられていた神崎真琴が、
今どうなっていたのか、少しだけ興味があった。
「どうぞ」
ギィーと自動で重そうな扉が開いた。
誰も開くことの出来なかった扉を、何故か私は開くことができたのだ。