提案
「ありがとう!…お腹すいてるから、あんたの血を全部吸っちゃうかもよ?」
アンリの腕を手に取りルナがイタズラっぽく笑う。
「そんなことさせない」
その声と共に後ろから殺気を感じて振り返ると、シャロンがユエルスを構えてこちらを睨んでいた。
「アンリの命を奪おうとしたら、その前に私がお前を殺す…!」
「わかったわよ、ちゃんと命に影響がない程度に貰いますーだ。…では、いただきます」
ルナはアンリに一言、断りを入れるとその牙を腕に突き刺した。
口の中に広がる鉄の味とそれから濃い魔力の味。
その味に目を見開いた後、うっとりとして目を閉じる。
こんなに美味しいのは、飲んだこと無い。
お腹を空かせてるからとか関係なしに、すごく美味しい。
何も言わずに啜り続けてるルナと痛みに耐えるアンリを不安そうに見守りながら、シャロンはユエルスの弦を引き続ける。
そんなシャロンにアンリは安心させようと微笑む。
だが、アンリの顔色は段々悪くなっていく。
シャロンが本気でユエルスを放とうとした時、ようやくルナが腕から口を放した。
「ふぅ…。ご馳走さまでした。すっごく美味しかった!」
「それは、よかった」
アンリはため息をつくと、近くにあった木に寄りかかる。
「大丈夫?」
シャロンがユエルスを戻して、アンリの元に来ると心配そうに顔を覗き込む。
「大丈夫、ありがとう。血を吸われるのは初めてだからちょっとクラっとしただけだ」
「あんたの血本当に美味しかった。まるで…」
そこまで言うと、ルナは首を横に振る。
「やっぱいいや、何でもない。本当に助かったわ。ありがとう」
「どういたしまして。…なぁ、やっぱりお前以外の吸魔族も飢えてるのか?」
「そうね…。私みたいに魔族が襲った村を見つけて死んでる守護者の血を啜る奴もいれば、旅人を襲って根こそぎ吸うやつもいるけど…。最近は、殆どの種族の魔力が減っているせいでお腹はあんまり満たされないからね」
「なら、竜族に頼るのはどうだろう?」
「「竜族!?」」
アンリの予想外の言葉にシャロンとルナが声を揃えて驚く。
「な、何でいきなり竜族なの?」
首をかしげるシャロン。
「だって、竜族は宝玉を所有する種族だろ?なら、魔力もそれなりに持ってるだろ?多分」
「そうかもしれないけど、私たちの事受け入れてくれるかしら?」
ルナの質問にアンリは頷く。
「俺の知り合いで困ったら竜族に頼れって言ってくれた人がいるんだ。きっとルナたちも助けてくれるかもしれない」
「そうかしら?」
「ただ貰うだけなら、追い返されるだろうから魔族にしていたみたいに変わりに何か竜族に手を貸してやればいい。上手くいけば種族が飢えに苦しまないかもしれない」
アンリの言葉にルナは少し考えた後、頷いた。
「そうだね。…うん、やってみる価値はあるかもね。とりあえずどうなるかわからないから、一人で頼みに行ってみるよ」
「ああ、気を付けてな」
「ありがとう。…で、あんたは何か望みは無いの?」
「望み…?」
また、この質問。
急に黙り込むアンリにルナはため息をつく。
「そんな悩まないでよ。ただ、血を貰ったから恩返したいだけ。簡単なことしかできないけどね」
「…なら、この村から少し離れたところにリラースタンって街があるんだ。そこの守護者にこの手紙を返して欲しいんだ。それとこの村の守護者、ルイーゼが死んだことを伝えてほしい」
「わかった、任せといて。…で、二人の名前は?」
「え?…言ってなかったっけ?」
ルナは肩をすくめた。
「全く、私には名乗らせといて…」
「ああ、ごめん。俺はアンリ・ローレンス」
「私はシャロン・アシス」
「アンリ・ローレンスとシャロン・アシスね。覚えた。…ん?ローレンス?」
首をかしげるルナにシャロンが不思議そうな顔をした。
「どうしたの?」
「え?ああ、ううん。何でもない。ローレンスって聞いたことあるなって思ったんだけど、アンリは半魔族だからもしかしたらあんたの親と会ったことがあるのかもね」
ルナはそう言って一人で頷くと笑う。
「さて、じゃあ、リラースタンに行けばいいのね。襲ってごめんなさいね。後、ありがとう。何か困ったことが合ったら言って。今度会ったとき助けてあげるわ」
“じゃあ、ね”と言い残してルナは指をパチンと鳴らすと姿をコウモリに変えて夜の闇へと消えていった。