断章
オルガは魔王、フェンネルに呼ばれ書斎の前まで来ていた。
「エドウィン様の頼まれ事を済ませたいのですが…」
オルガはため息をつくと、ノックをして扉を開いた。
「失礼致します」
書斎へ入ると、フェンネルはこちらに背を向け大きな窓の外を眺めていた。
「魔王様、お呼びでしょうか?」
「待っていたぞ、オルガ」
そう言って振り返ったフェンネルの顔を見て、オルガは表情を険しくさせた。
フェンネルはそれを見て怪訝そうな顔をした後、すぐに納得したような顔をした。
「ああ、これか」
そう言って、フェンネルは右頬に触れた。
右頬には青い宝石が埋まっていた。
「何度も申しましたが、魔王石の一部が体に埋まっているのは魔王又は王族のみです。それを堂々と見せるような事はなさらないで下さいと何度も申している筈です」
オルガの言葉にフェンネルは聞き飽きたと、言わんばかりの大きなため息をついた。
「わかっている。少し見ていただけだ。…それに、妖精王も竜王もみな体の表面に出して王であると主張している」
「それも何度も申しましたが、魔族は二つの種族とは違い欲深い種族なのです。…王の座を狙っていつ襲われてもおかしくなのです。だから王族は代々、身分を隠していたのに…」
「まあ、今は堂々と私が王だと名乗り出てるから意味無いがな」
フェンネルが屁理屈を言うと、オルガがギロリと睨む。
フェンネルは肩を竦めると、右頬をそっと撫でた。
すると魔王石は頬から綺麗に消えた。
オルガはため息をつく。
「…で、ご用件は?」
「ああ、そうだったな」
フェンネルはそう言って椅子に座る。
「お前は妖精王であるアンダルシアを知っているか?」
「はい、前に一度だけお会いしたことがあります」
美しい女性の姿をしているが、実際は幾千もの時を生きているという妖精の王だ。
「先程、アンダルシアから文が届いたのだが。…これを見よ」
フェンネルに差し出された手紙を受け取り目を通すと、ため息を吐いた。
「…妖精王は未来を見通す力を持っています。こうなるのは必然ではないでしょうか?」
「そうだな。…だが、こうなってしまっては我々の計画の支障をきたしかねん。そこでお前に妖精族の討伐を行って欲しい」
「討伐…ですか?」
「そうだ。お前を筆頭に魔族の強者を集め、駆逐を命じる。そして、妖精王石も奪ってくるのだ」
オルガはフェンネルの目をしばらく見つめた後、静かに頭を下げた。
「我が主のおおせのままに」
フェンネルは満足そうに頷いた。
「お前の働きに期待している」
それが話が終わりの合図。
もう一度、頭を下げオルガは書斎を後にすると廊下を歩きながら顎を撫でた。
妖精族の討伐だなんて、死んで来いと言われているようなものだ。
それまでにもう一度、エドウィンに会えるだろうか…。
オルガはある部屋まで来ると、壁に埋め込まれた黒い小さなダイヤを指でなぞる。
すると、壁が裂け通路が現れた。
それは、魔王石の本体がある部屋に繋がる通路。
オルガは無表情のまま、通路を歩き魔王石の元へとやってくる。
赤く毒々しい光を放っ魔王石を少し悲しそうに見つめた後、懐から袋を取り出し中身を掴んで外へと出した。
それは、先程ルフが運んできた魔女の心臓。
オルガはその心臓を魔王石に押し付けると、魔王石はゆっくりと心臓を飲み込んでいく。
飲み込んだのを見届け、オルガは手を離しその場を後にしようと魔王石に背を向けた。
「…」
振り返った瞬間、オルガは驚いた。
生まれた時の姿で壁にもたれ掛かるように座り込んでいる少女がいたのだ。
その目は虚ろで、何も映っていない。
「…ああ、そうか。やっとできたのですね。今回は随分、時間がかかりましたね」
後でエドウィン様に報告しなければ。
オルガは羽織っていた上着を脱ぐと、その少女に投げつけた。
「着なさい。いくら人形とはいえ、その姿はよろしくありませんからね。…名前は確か…」
オルガは少し考えた後、思い出して口を開く。
「コロナ」
少女…コロナの虚ろだった瞳に光が宿り、口元を吊り上げ笑った。




