望み
…落ちる。
まるで、冷たい水の中をゆっくり沈んでいく感覚に似ていた。
その感覚に身を任せながらアンリはどんどん深みへと落ちていく。
【…を】
「え?」
突然頭の中で誰かの声が聞こえ、アンリは真っ暗な世界の中で目を覚ました。
すると、頭から落下していたアンリはゆっくりと体制が自然と変わり地面に着地した。
もっとも、暗すぎてここが地面だと言えるのか怪しいが。
「死んだ…のか…」
アンリはポツリと呟く。
シャロンが助かればそれでいい。
アンリはため息をついた。
「どこに行けばいいのか、さっぱりわからないな…」
あの世行きの看板でも建ててくれればいいのに。
アンリは悪態をついて、とりあえず歩き出そうとしたその時。
「なあ、アンリ」
「!?」
聞き覚えのある声にアンリは驚いて声の方を振り替えると、暗闇の中でシエラが一人立っていた。
「シエラ…なんで…?」
死んだのか?
その一言が言えずに黙り込む。
「お前は何を望む?」
「何を望むって…いきなりなんの話だよ?」
だが、シエラは何も言わずに消えた。
「シエラ!?」
駆け寄ったが、シエラは跡形もなく消えていた。
「人間と魔族の間に産まれたあんたは何を望む?」
振り替えればそこにはチコがいたが、やはりシエラ同様消え去った。
「有りもしない罪を背ってアンリは何を望みますか…?」
違う方を見ればメイヤーが首をかしげて訪ね消える。
「誰にも負けない力とかか?」
「それとも、何もかもを破壊する力か?」
トトとキナがで出来てアンリに問う。
アンリは首を振って否定するが、それを見ることなく二人は消えてしまった。
「自分を苦しめ、関係のない人々を殺した魔族の根絶か?」
突然現れた座長も訪ねると消え去り、その後にアンネが現れた。
「何もしていない自分を迫害してきた村人への復讐でしょうか?」
アンネはアンリの元へ歩み寄ると消えた。
「俺は…そんなこと、望んでない…」
アンリは力なく首を横に振った。
そんなアンリの前にシャロンが現れる。
「じゃあ、アンリは誰からも愛されずに疎まれて何を望むの?」
「シャロン…」
アンリが触れようとした刹那、シャロンは霧散して消えてしまった。
【アンリ・ローレンス】
今度は聞き慣れない声が背後から聞こえ、アンリはゆっくり振り返った。
そこには真っ白な長い髪に真っ白な肌、そして瞳は青空を思わせる様な美しい青い瞳を持った同い年位の少女が立っていた。
「さっきのはお前がやったのか…?」
少女は首を傾げる。
【さっきの?】
「シャロン達の幻覚を見せたのはお前なのか?」
【ああ…。そうね、ごめんなさい。君を傷つけたのなら謝るわ。でも、君の本心が知りたかったの】
「俺の…本心?」
【そう。君の大切な人達なら本心が聞けるかと思って。アンリ・ローレンス、君は何を望むの?】
「また、その質問か…」
アンリはうんざりしたように言う。
【答えて】
「そんなこといきなり聞かれてもわからない」
【何故?】
「考えたこともないから。望むのはとうの昔に止めたんだ。何も手に入らないから」
【…じゃあ、次に会うまでに考えておいて】
少女はそう言って手を差し出すとアンリの右手を握る。
【君にあげるわ。次に会ったときに答えを聞かせて】
自分の手の中に何かが入り込んできた感覚にアンリは驚いて目を見開く。
少女は手を離すとアンリに背を向けて歩き出す。
「あ…待てよ!」
【何?】
少女は怪訝そうに首をかしげた。
「お前の名前は?」
【名前?】
「そう、名前」
少女はアンリに指をさす。
【名前なんて私には無いわ。…さあ、時間よ。起きた方がいいわ。彼女に怒られたくなければ】
「彼女…?」
聞き返した瞬間、強い風が吹き荒れアンリを吹き飛ばした。