対峙
外へ出ると、アンリはうっと声を漏らす。
空気中に漂う人間の血の匂い。
すでに多くの人間が殺されているのだろう。
「くそ…!」
これが魔族の仕業なら、きっとワイバーンを操っている筈だ。
まずは魔族を見つけださなければ。
「アンリ…!」
後から出てきたシャロンも言葉を失った。
アンリがハッとして心配そうにシャロンを見た。
シャロンは深呼吸をした後、無理に笑って見せる。
「大丈夫よ、これくらい。自分に負けなければいいんでしょ?」
「ああ」
これだけ濃い血の匂いの中、殺人衝動を抑えるのは大変な筈なのに。
それでも、気丈に振る舞うシャロンにアンリは安堵するのと同時に尊敬する。
「やっぱり凄いな」
「え?」
「いや、なんでもない。まずは魔族を探さないと…!」
アンリはそう言って神経を集中させる。
わずかに感じる魔族の気配を感じ取った。
「こっちか…!」
アンリは走り出す。
突然走り出したアンリをシャロンは慌てて追いかける。
ワイバーンによって破壊された家屋や、道の真ん中に無惨に投げ捨てられた遺体達の中を駆け抜けながら、アンリは昨日レルムが言っていたことを思い出す。
魔力が足りなかったせいでワイバーンから守る結界が満足に張れなかったからこんなことになったのだろうか。
それとも魔族に結界を壊されたのか。
アンリは立ち止まり目の前の家を見上げた。
視線の先には、一つの人影があった。
「どちらにせよ、魔族のせいだな」
アンリは氷月華を握り直すと、地面を強く蹴り飛ばし一気に跳躍する。
屋根まで一気に飛び上がると、剣を構えた。
その刹那、魔族の女と目が合う。
魔族の女は目が合うとニィッと笑うと、降り下ろされたアンリの剣を大きな刃を持つ剣…クレイモアで受けとめた。
「あら?混血から来てくれるとは思わなかった」
「やっぱり俺狙いか…!」
「当たり!まあ、暇潰しなんだけどね」
魔族はクレイモアでアンリを弾き返す。
アンリは屋根に叩きつけられると、すぐに身体を起こして氷月華を構えた。
「そんな怖い顔で見ないでよ。私の名前はリズ・グレイル。よろしくね混血君」
「うるさいっ!俺狙うならこんなことする必要無いだろ!?」
「だって、つまらないじゃない?」
リズはそう言って大きなクレイモアを軽々と担ぎ上げる。
「混血ごときすぐに殺せるわやっぱりたくさんの命を奪いたいじゃないっ!」
ギンッと一瞬にして黄色い瞳に殺意が浮かぶのと、同時にリズが間合いをつめてきた。
「!?」
あまりの速さに着いていけず、アンリがよろめく。
リズは身を低く屈めると両手で、柄を握り一気にクレイモアを振り上げた。
アンリは何とか体制を整え、背中を反らせてギリギリでクレイモアをやり過ごすとリズの足元に氷柱を出す。
リズはそれを軽やかに避ける。
「それで奇襲でもかけたつもり?」
氷柱の向こうにいるアンリに声をかけたつもりだったが、後ろから殺気を感じ慌てて振り替えると剣が目の高さで横一文字に薙ぎ払われた。
「…っと!」
間一髪で避けたが前髪が数本宙に舞う。
面白いっ…!
このギリギリの命を掛けた戦いが面白くてしょうがない。
身体中からアドレナリンが溢れ出す。
顔のにやけが止まらない。
「君、最高…!」
リズは再び斬りかかるが、アンリに受けとめられてしまう。
鍔迫り合いをしながら二人の視線が絡み合う。
「君が混血じゃなければよかったのにねー!」
「うるさい。俺は魔族なんかにならない!!」
「そうね、それに混血はこっちから願い下げよ。…魔族になれる魔法があればよかったのにね」
「は?」
リズの予想外の言葉に一瞬だけ、気を抜いてしまった。
アンリに出来たわずかな隙をリズは見逃さない。
リズは押し返していたクレイモアの力を抜いた。
そのせいで、アンリがバランスを崩し前のめりに倒れかかりリズに腹を蹴り飛ばされた。
アンリはそのまま屋根の縁まで吹っ飛ばされた。
「…くっ」
起き上がろうとすると、首筋にクレイモアの先が突きつけられていた。
「面白かったわ。混血君。名前は?」
「…」
何も言わないアンリにリズは優しく微笑み、クレイモアで首の皮を少しだけ裂く。
つぅ、と温かいモノが首から流れ落ちる。
「名前は?」
「…」
「頑固ね。…じゃあ「アンリー!大丈夫!?」
家の下から聞こえるシャロンの声。
アンリの顔から血の気が引く。
アンリの表情を見てリズはニヤリと笑う。
「へぇー。アンリって言うんだ?…あの声の主はアンリの大切な人?」
「…」
何も言わないアンリにリズは確信して頷く。
「じゃあ、君を殺した後、すぐに彼女を殺して君の元へ連れていってあげるね」
リズはアンリの首に刺さるクレイモアを深く突き刺そうと手を動かした。