開演
アンリはメイヤーに連れられて、客席の真ん中に設置された高台に来た。
もうすぐ、開演時間なのもあり高台の下にはたくさんの人が席についていた。
「凄い人だな…。こんなにたくさん人が集まってるのは始めて見た」
アンリは高台から身を乗り出して客席を見つめる。
自分を罵るために集まった村人たちよりも遥かに多いな…。
「凄いでしょう?私たちの講演はいつもこうやってたくさんの人が集まってくれるのですよ。…だから、一講演、一講演を大切にしているんです。笑顔で帰って行くお客様を見るのはとても楽しいですよ」
メイヤーは、幸せそうに笑いながら言う。
そんなメイヤーを見てアンリも思わず笑みが溢れる。
「…そう思える仕事が出きるのは幸せだよな」
「はいっ!」
二人が顔を見合わせて笑っていると、背後から“えふんっ”と咳払いが聞こえ振り替えると、トトが仁王立ちしていた。
「もうすぐ、始まるぞ。準備しろ」
「そうですね」
メイヤーは素直に頷き、高台に置かれた椅子に座る。
その隣にトトが座り、背後にアンリが立つ。
トトは魔法でそっとテントの明かりを消した。
すると、賑やかだった会場はシンッと静まり返る。
メイヤーとトトは顔を見合わせて頷き合う。
その合図で、メイヤーは魔法で音楽を流し、トトは舞台に光を当てた。
そして、舞台の幕が開いた。
「くっ…!限界が近いか…っ」
そう言って悪態をつくのはレルム。
レルムの足元には、魔力を使いきりその場に座り込むリリアがいた。
二人を中心に描かれた魔法陣は魔力が弱くなっていくにつれて、輝きも段々弱くなっていく。
この魔法陣はリラースタンをワイバーンから守る物。
それが今まさにワイバーンに破壊されようとしていた。
「何故なんですの…?今までこんなに執拗に結界を破ろうとなんてしたことないのに…っ!」
リリアはふらつきながら立ち上がると、結界を強めるために残りの魔力をかき集めて魔法陣に注ぐ。
「知るか!しっかりしなっ!結界を破られれば多くの人が死ぬことになるんだ!」
「わかってますわっ!」
リリアの怒鳴り声に、レルムはニヤリと笑う。
リリアに言っているが、実際は自分に向けた言葉。
自分自身、もう魔力がほとんどない。
気を緩めれば、一瞬で結界は破られてしまう。
そうなったら、たくさんの人を死なせてしまう。
そんなの嫌だ。
守るんだ。
守って見せるんだ…!
たくさんの人を守りたくて守護者になったんだ。
だから、絶対…!
「この街は絶対に守るんだぁぁぁああぁぁああっ!」
レルムが叫んだ刹那、聞き覚えのない笑い声が聞こえた。
「あら?暑苦しいわね。こんな弱い結界なんて直ぐに破ってあげようか?」
その声に、ぎょっとしてレルムとリリアは顔をあげた。
ここは【魔女の大釜】の下に設けた、地下工房。
誰かが簡単に入ってこれる場所ではないのに扉の前には一人の女が立っていた。
「初めまして、リラースタンの守護者さん達。私はリズ・グレイスと申します」
にこりと笑うリズに、リリアがハッとしたような顔をする。
「その、黄色い瞳…!魔族ですわね!?」
「その通り。この街に半魔族の子がいるでしょ?暇だからワイバーンを使って遊ぼうかと思ったんだよね。…でも、この結界が邪魔でなかなかワイバーンが中に入れないから破壊しに来たの。…悪いけど、破壊するわね」
リズはそう言って魔法陣に手を伸ばす。
「させるか!」
レルムが叫ぶのと同時に、リズの足元から炎が吹き出る。
レルムの最後の抵抗。
だが、リズは笑みを浮かべると指をパチンと弾くと炎が消えた。
「な、何で…!」
「魔力がほとんどないクセに私と対等に殺り合えるわけないでしょ?」
リズはそう言い放つと魔法陣にそっと触れた。
『さぁ、魔力よ、解き放たれなさい』
リズが呪文を唱えた瞬間、レルムとリリアの耳に“パリンッ”と何かが割れる音が響いた。
その事に二人は顔を青ざめさせ、反対にリズは顔を輝かせた。
「やっと壊れたわね。…さぁ、入っていらっしゃいワイバーン達」
そして、ワイバーン達は結界の綻びを広げると一気にリラースタンへと流れ込んでいった。
そして、ほどなくして街に人々の悲鳴とワイバーンの砲口が響き渡った。