森の中にて
アンネは森の奥深くまで歩いてくると、足を止めた。
「…来ますか」
アンナは静かに目を閉じた。
空気が、わずかに魔力で震える。
『堕ちろ!稲妻!!!』
男の叫び声が森に響き渡るのと同時に、アンネに向かって落雷が堕ちる。
アンネは瞬時に後ろに飛び退き身構える。
『全ての者を焼き尽くせ!炎!!!』
再び響き渡るの男の声に応じて、アンネの足元から炎が上がる。
アンネは特に驚く風もなく、右手を高く掲げた。
『水流よ、我を焼き尽くそうとする炎を消し去りなさい』
アンネの右手から水が溢れだし、足元の炎が白い湯気をあげて消え去った。
安堵のため息をつこうとした刹那、アンネは慌てて右に飛び退く。
それと同時に、煙を切り裂いて黒い衣服を身に纏った男が現れた。
「外したか…っ!」
手応えのなさに男は悔しそうに呟くが、直ぐに体制を整えアンネに斬りかかる。
「まだまだですね、アンリ。そんなに殺意を出していては直ぐにバレてしまいますよ」
アンネはそう言いながら、男…アンリの攻撃を紙一重で交わしていく。
アンリは一度アンネから離れると、乱れた呼吸を整え、再び氷月華を構え、地面に突き刺した。
すると地面がさけ、そこから氷柱が突きだしアンネを襲う。
『その業火で全てを溶かし水に戻しなさい』
アンネの言葉通り地面から今度は炎が沸き上がり氷をなめ尽くす。
アンネは余裕そうな笑みを浮かべた。
「これで終わりですか?アンリ!」
「まさか!これからですよ!!」
アンリは燃え盛る炎の中へ走り込むと溶けかけた氷を踏み台にして大きく飛び上がりアンネに斬りかかる。
「そんなに見え透いた攻撃を避けられないとでも?…っ、服が地面に張り付いて動かない?」
アンネは驚くと小さく笑う。
あの剣の魔法はただのフェイクで、本当は地面に触れている自分のローブを凍らせて地面に張り付かせたかったのか。
「よく考えました。誉めてあげましょう」
アンネは優しく微笑むと、アンリに右手をかざす。
それを見てアンリの顔からサッと血の気が引いたのと同時に風が吹き荒れアンリは吹っ飛ばされると、近くの木に叩きつけられた。
「…っ!痛っ!!!」
地面に倒れて悶絶しているアンリの元へアンネが静かに歩み寄る。
「私に主魔法を使わせたのは見事でしたよ、アンリ。あのとき、どうやって地面を凍らせたのかしら?」
アンリは頭を押さえながら立ち上がると、アンネを恨みがましく睨みながら答える。
「手で魔法を操ると、師匠にバレますから足に魔力を溜めて剣で派手に氷柱を作ったあと、一気に足元から魔力を放って師匠の服が地面に触れてる所まで凍らせました。…途中までは良い感じだったのに、風を使うのはやっぱり卑怯だと」
アンリがブツブツ文句を垂れるのでアンネはため息をつく。
「戦いに卑怯も何もありません。そんなことを言うのでしたら、私は言いましたよね?主魔法無しで私にかかって来なさいと」
「うっ… 。しょうがないじゃないですか!主魔法以外は呪文を唱えなきゃいけないのに不意討ちなんてハードル高すぎですよ!」
「一週間後には王都へ行って魔法使い公認試験を受けるのですからそんな泣き言は許しません」
アンネの言葉にアンリは耳を塞ぎたくなる。
アンネに弟子入りしてから、六年が経ちアンリも身も心も大きく成長した。
魔法もある程度使いこなせるようになり、もうすぐ国家公認魔法使いになるために試験を受けに行く。
そしたらこんな自分でも必要としてくれる人が現れるかもしれない。
誰かを助けることで自分の罪が許されるかもしれない。
そう考えると少しだけ、希望が見えてくる気がした。
「聞いてますか?アンリ!」
「はい!」
ビクッと肩を震わせるアンリにアンネはため息をつくと歩き出す。
「今日は二体魔物を召喚しますので、そちらを倒してもらいましょう」
「師匠の出す魔物って、いつも容赦ないですよね」
「容赦があっては訓練になりませんからね。…あ、そういえば今回はチョコレートケーキを作るそうですよ」
アンネの言葉にアンリは目を輝かせた。