練習
朝日が昇るのと同時に馬車が止まった。
明け方の少し前に見張りをトトと交換したアンリはゆっくり目を覚ました。
まだ、馬車の中にいる連中は眠っている。
アンリは皆を起こさないように、静かに馬車の外に出ると伸びをして身体をほぐす。
「…ん、気持ちいいな」
雲一つ無い晴天。
文句無しのいい天気だ。
シエラに話を聞いてもらって心が少し軽くなったアンリには丁度いい。
アンリは太陽に向かって笑うと、朝食の準備をしているキナの元へ向かう。
「おはよう、アンリ」
突然、声をかけられ驚いて振り向くとトトが馬車の上から手を振っていた。
「夜の見張りありがとうな」
「どういたしまして」
トトとメイヤーは魔力の温存のために夜の見張りは免除され、二人は明け方の見張りをすることになっている。
二人共、それを申し訳なく思っているようで朝会うといつもこうやって挨拶をしてくれる。
本当は明け方をやってくれるのだからお互い様だと思うのだが。
「また、森へ稽古に?」
「そう」
「メイヤーをまた、たぶらかすなよな」
アンリはトトの言っている意味がいまいちわからなくて、首をかしげた。
「とぼけるなよ?昨日イチャイチャ森の中から出てきただろ?」
「イチャイチャ…」
アンリはさらに首を傾げた。
イチャイチャの意味が全くもってわからない。
初めて聞いた言葉だし、意味を聞いてみようかと思ったが、トトが怖い顔をしているのでやめた。
ここで意味を聞いたら、火に油を注ぎそうだ。
アンリは取り合えず、トトに軽く挨拶をして早足で逃げ出す。
後ろで声が聞こえるが気にしない。
走ってすぐに、朝食の準備をしているキナの元へと着いた。
「おはよう、キナ」
「ああ、おはよう!…お、アンリ。なんかいいことあったか?顔がにやけてるぞ」
「にやけてないと思うけど…」
アンリは戸惑って頬を捻ってみた。
「そんなんで顔が変わるわけ無いだろ?…それより練習か?」
アンリはコクッと頷き、森の中へと消えていく。
キナはその背中を見送ると再び、料理の準備に取りかかる。
その時、視界の隅で人影を捉え、森の方を見ると、シャロンらしき人物が森の中へと入っていくところだった。
「…あれ?シャロン?」
朝早くにシャロンが一人で森に行くなんて珍しいと思ったが、特に気にするわけでもなくキナは鼻唄を歌いながら卵を器用に割り始めるのだった。
森の少し、開けたところでアンリは日課の素振りの練習をしていた。
いつもよりも、気合いを入れて。
しばらくして、アンリは額に浮かぶ汗を拭う。
「戻るか」
いい感じにお腹も空いてきた。
アンリがそんなことを思った瞬間、魔力を感じて気配の方を振り向いた。
刹那、ヒュンッと顔をの横を雷の矢が空を切り裂き飛んでいった。
そして、茂みから出てきた人物に目を見開く。
「…アシス!!」
驚くアンリに構うことなく、シャロンはユエルスを構える。
「私と本気で戦って、アンリ」
シャロンの真剣な声。
「なんで…」
シャロンは戸惑うアンリにもう一度、矢を放つ。
矢はアンリを掠めて飛んでいく。
「戦って」
シャロンは静かな口調で言った。