記憶の中の少年
「ただいまー。お母さん?…いないのか」
玄関から母を呼んでみたが、反応がない。
また、近所のおばさんと話してるんだろうな。
シャロンはため息をつき家の中へ入ると、キッチンへと向かう。
そこには昨日、作っておいたチョコレートケーキがテーブルの上に置いてあった。
「うん、良くできてる。これなら師匠とコロナにあげても恥ずかしくないね。そらからあの子にも喜んでもらえそう。」
そう言ってシャロンは目を閉じた。
十年前の今日、夜になってから師匠の所へ自分で作ったチョコレートケーキを食べてもらいたくて家まで届けに行くと、顔を大きなフードで隠してる男の子と出くわしたのだ。
師匠の知り合いだと言うその子は無口で緊張してるみたいだったから、師匠にあげるために持ってきたチョコレートケーキをその子にあげた。
そしたら、口以外の表情は見えなかったけど、すごく嬉しそうに一言。
「おいしい」
そう言ってくれた。
あのときの事をよく覚えてる。
また、あの子に作ってあげようと思ったのにその子は遠くへ行ってしまったらしくてあげられなかったけど、六年前、師匠に弟子入りしたと聞いてから、会えないけど自分の誕生日の時には師匠にその子のケーキも渡して、届けてもらっている。
「最近はチーズケーキとかだったけど、久しぶりにチョコレートケーキ作っちゃった。美味しいって言ってくれるといいな」
「美味しいに決まってるじゃない?気持ちを込めて作ったんだもの」
突然、耳元から聞こえた声にシャロンはビクッと肩を震わせて勢いよく振り替える。
「お、お母さん!いたの!?」
後ろでニヤニヤ笑って立っていた母親のアーシェは頷く。
「ずっと後ろにいたわよー?どうせ、名前も知らない子に思いを馳せてたんでしょ?シャロン、その子のこと好きだもんね」
「ち、違うよ!そんなんじゃないもの!」
カアァァァっと顔を赤くしてシャロンは怒鳴る。
「ケーキ作るときいっつも顔が赤いけどー?」
シャロンはからかってくるアーシェの背を叩く。
「いいのよ!そんなことは!!!…ってそうじゃなかった。コロナとちょっと出掛けてくるわ」
「…コロナ?なんで?」
一気に家の空気が凍りつく。
「あ、えっと。コロナが誕生日プレゼントを用意してくれたって言ってて。だから行ってきてもいいでしょ?」
「届けさせればいいじゃない」
アーシェのつれない言葉にシャロンは首を横に振る。
「そうじゃなくって。とにかく、約束しちゃったから行ってくる。夕飯までには帰るから」
「全く、しょうがないわね」
アーシェはため息をつくと自分の部屋へと消えていってしまった。