恐怖
夕飯も食べ終わり、片付けが済むと馬車は早速リラースタン目指しゆっくり走り出した。
三台目の馬車の手綱を握るチコの隣にシャロンは座ると周囲に目を走らせる。
月明かりの綺麗な夜だ。
こんなに明るければ盗賊も出てこないだろう。
シャロンは欠伸を噛み殺しながらそんなことを思う。
「ちょっと、シャロン?油断しないでよね」
チコの一言にシャロンはギクッと肩を震わせた。
「ゆ、油断なんかしてないよ!」
「どうだか?…ま、そんなことを言ったってこんなに明るいんだもの。油断するわよね」
チコはそう言って鼻唄を唄う。
「チコだって油断してるじゃない」
「まぁね」
チコはそう言って黙り込み、手綱を睨むように見つめる。
チコの視線に気づいてシャロンは首をかしげた。
「…チコ?どうしたの?」
「うん…。あのね、シャロン」
チコが言い憎そうな顔をする。
「何?私たち友達じゃない。何でも言ってよ」
「そうだね…」
チコは深呼吸すると覚悟を決めたように、シャロンの方を振り向く。
「もう単刀直入に聞く!シャロンはアンリの事は嫌いなの?」
「!?」
シャロンは目を見開く。
「シャロンはいつもアンリを避けてるように見えるし。アンリもシャロンに関わろうとしない…。仲が悪いの?二人で旅をしてるなら、仲がいい方が楽しいでしょ?どうして仲が悪いのに一緒に旅をするの?仲良くするのは無理なの?」
一気にチコにまくし立てられシャロンはしばらく黙り込む。
「ごめん、いきなりこんな事言って…」
「ううん、チコが心配してくれてるのはわかるから」
シャロンはため息をつく。
そして、チコに話すべきか迷う。
アンリの事、自分達の呪いの事。
「…シャロン」
「あのね、これから言う事を聞いて私の事を嫌いになるかも知れない。それでも話を聞いてくれる?」
「嫌いになんかなら無いよ」
チコの言葉にシャロンは苦笑する。
「ありがとう、チコ」
シャロンは覚悟を決めて口を開く。
「私の村はね、魔族に一度襲われたことがあるの。その魔族はね、アンリの父親なのよ」
「…」
チコは驚いて息を飲む。
「アンリは人間と魔族の間に生まれた混血でね、私の村では皆から恐れられ嫌われてた。いつか、アンリが父親のように村人を殺すんじゃないっかてね。だから、アンリは生まれた時から小さな塔に監禁されて、その後は森に追放されてたの」
「酷い…」
「うん、酷い話だよね。私もそう思う。でもね、家族を殺された私たちはそうするしか無かったのよ。…キュールは殺されても家族は帰ってないし、また、アンリが生長して村を襲えば、家族が殺されるかも知れないし、自分も殺されるかも知れない。恐怖と不安で皆押し潰されそうだったんだよ」
「でも、アンリが父親のようになるかなんてわからないじゃない」
「そう、だね。でも、誰もそんなこと考えてなかったと思う」
シャロンは静かにため息をつく。
「アンリは災厄だって小さい頃から植え付けられてきたの。皆、そう信じて疑わなかった」
「…そう。じゃあ、何でシャロンはアンリと旅なんかを?」
「…最近、村の近くの森に現れた魔族に呪われたの。私は後一年で半魔族になる。本当は魔族になる予定だったんだけど、アンリが呪いを緩和してくれたの」
シャロンはその時の事を思い出して目を細めた。
「アンリが私の呪いを共有してくれなかったら、今頃、私は魔族だったと思う。アンリが命を懸けてくれたから、私は私のままでいられた」
「アンリはシャロンの命の恩人?」
「うん、アンリは命の恩人」
「なら、なんで仲良く出来ないの…?」
チコの質問が、胸に突き刺さった。