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罪人たちに夜明けを  作者: 紅月
第二章
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願い

「私を殺してほしいの…」

「何を言って…」


 アンリは驚いて目を見開く。

 シャロンの目を見れば本気なのは直ぐにわかった。


「お願い。あなたにしか頼めないの」


 シャロンはそう言ってアンリにさっきのナイフを押し付けた。


「利き手の右手を怪我を負わせてごめん。でも、左手でも私を殺せるでしょう?」

「なに馬鹿な事を…」


 アンリはナイフについた己の血を拭き取ると懐にしまおうとしたが、シャロンに止められた。


「アシス」

「嫌なのよ。自分の欲のために誰かを殺すのが…。それに怖いんだよ…アンリ」


 アンリは首を横に振る。


「それは呪いのせいだ、アシス」

「違う。貴方を襲ったのは間違いなく私の意思なの。あの時、貴方を殺せば救われる。全てが終わって楽になれる、そう思ったの。自分の中にこんな恐ろしい感情があるなんて知らなかった…。今まで気づかなかった自分が暴走しそうで怖い」


 シャロンは顔を真っ青にさせて震えだした。


「いつか、絶対私は貴方を殺す。殺してしまう…!だから、そうなる前に殺してよ!!魔族に成り果てるくらいなら、今まで知っている自分のうちに殺してほしいの!お願いだから!!」


 自分に掴み掛かって必死に懇願してくるシャロンの手を払い除けて顔を背けた。


「アンリ…お願いよ…」


 背後で聞こえるシャロンの声。

 アンリは小さく息を吐き、ナイフを左手で掴むとシャロンの方を向く。

 その目を見たとき、シャロンは息を飲む。

 アンリの目にはっきりと殺意が浮かんでいた。

 シャロンはホッとした顔をすると、覚悟を決めて笑う。


「ごめん、こんなこと頼んで」


 そして目を閉じた。

 あんなに死にたくないってコロナに殺されかけたときは思っていたのに、今はこんなに落ち着いてる。


 アンリならきっと殺してくれる。

 優しい彼なら…。

 暗闇の中でナイフが空を斬る音がする。


 来る…。


 どこに突き刺さるのかわからない痛みに備えてシャロンの体が強ばる。

 その刹那、喉にチクリとした痛みが走った。


 ただそれだけだった。


 シャロンは驚いて目を開く。

 ナイフはシャロンの首の皮膚に少し触れているだけだった。

 チクリと痛みが走ったが血は出ていない。


「な、んで…」


 アンリは肩を竦めると、ナイフを今度こそ懐にしまって右腕の傷口に触れた。

 魔法薬のおかげで傷の痛みは多少和らいでいた。


「こんな怪我で、アシスが死ぬことはないよ」

「聞いてなかったの?今回は腕だけだったかも知れないけど私は貴方をいつか、殺してしまうのよ!?怪我だけじゃすまされないのよ!!」


 頭に血が上って叫ぶシャロン。

 それに対してアンリは全く動じない。


「それがどうした?」

「それがどうしたって…!頭が可笑しいんじゃないの!?自分が殺されるかもしれないのよ!?」

「そうかもな。でも、俺はアシスを殺せない。父親のようにヒューディーク村の人を決して殺さないって誓ってるから。自分の誓いを破るわけにはいかない。…それに」


 アンリはそう言って、シャロンの顔を真剣に見つめたかと思うと直ぐに笑顔になる。


「俺は絶対にアシスに殺されない。だから、アシスが俺を殺すことを心配する必要はない」

「な、何でそんなことが言い切れるのよ?寝てるところをまた襲うかもよ?」

「その時はまた、起きて防ぐよ。何度襲ってきてもその度に防いで見せる。快楽で他人を襲うならその行く手を何度だって阻んでやる。シャロンを絶対に魔族なんかにさせない」


 アンリの真剣な言葉にシャロンは急に恥ずかしくなり顔を背ける。


 なんか変だ。

 胸がジワっと熱くなる気がする。

 アンリがあまりにも真剣だから?

 ときどき、名前を呼ぶから?


「アシス…?」


 アンリが不安そうにシャロンを呼ぶ。


「ば、馬鹿じゃないの?…私が貴方を殺したって知らないんだから…」


 アンリに背を向けたままシャロンが言い放つ。


「大丈夫。絶対殺させないから。だから、今日は安心してもう寝ればいい。見張りは俺がやるから」


 その言葉にシャロンが振り替える。


「でも、アンリ殆ど寝てなんかないじゃない」

「俺は平気だから気にしなくていい。それよりもシャロンはもう休んだ方がいい。顔の血を洗い流して来てから寝るんだ」


 シャロンはなにか言おうとしたが、何を言っても無駄そうなので、大人しく川まで行き顔と手にこびりついた血を洗い流してからアンリの元に戻る。


「ごめん…」

「いいよ、おやすみ。シャロン」


 シャロンはアンリの傷にてをのばしかけたが、やめて横になって目を閉じた。


『月と星の加護を得て優しい夢の中へ』


 アンリの呪文でシャロンは直ぐに規則正しい寝息をたて始めた。

 アンリは安堵すると、深呼吸した。

 怪我は思ったよりも深い。

 後、数日は魔法薬を塗り続けないと剣を握れなそうだ。


「参ったな…」


 シャロンにバレないように、魔法薬を作らないと。

 また、罪悪感にさらしてしまう。


 アンリは再び重いため息をついた。

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