旅立ち
「旅に出るのですね」
聞き覚えのある声に振り返るとそこにはアンネが立っていた。
「はい。呪いを解きに深淵の森へ行こうと思ってます」
アンリの言葉にアンネは少し驚いた顔をするが、頷いた。
「呪いを解く可能性があるのなら、行ってみる価値はありそうですね。でも、そこが危険なところだということはわかってますか?」
いつもよりも少し厳しい口調で尋ねるアンネの言葉に、迷うことなくアンリとシャロンは同時に頷く。
「生きて帰れないかもしれませんよ?」
「わかってます…でも、魔族になるのは嫌なんです。少しでも可能性があるのならその可能性に賭けたい…!」
シャロンは声を振り絞るように言う。
「わかりました。…これを持ってきてよかった」
アンネはそう言って口調を和らげるとアンリとシャロン、それぞれに革製のウエストポーチを差し出した。
「弟子がいつか、巣立つときに渡そうと思っていた物です。これは竜族の友人からもらった竜の革で作りました。丈夫で魔法が掛かった特別製ですよ」
アンリとシャロンは顔を見合わせるとバッグを受け取る。
「竜族ってあの、竜に変身できるあの種族ですよね…?」
竜の皮って死んだあとに剥いだ奴だろうか?
シャロンは顔を引きつらせてバッグを眺める。
それを見たアンリはため息をついた。
「竜族は年に二回、竜の姿で脱皮するんだ。その皮は希少価値が高くてしかも、丈夫で加工しやすいから魔法使いとか、商人とかに人気なんだよ」
「え!?ああ!そうだよね、そうだよね!死んだ竜の皮とか使わないよね!うんうん」
シャロンはホッとしたように頷きバッグをウエストに巻き付けた。
アンネは苦笑する。
「ヒューディーク村には商人が来ないから知らなくても仕方ありませんね。そのバックには見た目によらず何でも入ります。大きいものでも、量が多い物でもバックの重さは変わらない。私がそういう魔法を掛けました。いつか、国家認定魔法使いになって旅立つときに渡したかったのですが…。仕方ありませんね」
「ありがとうございます。師匠には何から何までしてもらったのに、何も恩返しが出来なくてすみません…」
アンリは顔を俯かせる。
「恩返しをしようと思ってくれるのなら、無事で二人揃って帰ってきてください。それが最大の恩返しです」
「はい。…あっ!でも、お母さんに何て説明しよう…」
シャロンは困り果てる。
呪われたなんて素直に言えないし…。
そんなシャロンにアンネが優しく笑いかけた。
「それは私から話しましょう。安心してください」
「師匠、ありがとうございます。…母を宜しくお願いします」
シャロンは深く頭を下げた。
もう、戻ってこれるかわからない。
戻ってこれる可能性の方が限りなく低い。
出来る事ならもう一度、母に会いたい。
でも、会ってしまったらこの決心が揺らいでしまうかもしれない。
「じゃあ、行ってきます!必要な物は旅先で新しく買います」
そんなシャロンにアンリは再びため息をつく。
「金持ってないだろ?」
「う…。じゃ、じゃあ売れるものを見つけてそれをお金にする!とにかくもう行くの!じゃないと決心が揺らいじゃうでしょ!!」
キッーと唸るシャロンにアンリは困ったような顔をする。
「わ、わかったから。じゃあ行こう」
「気を付けて行くのですよ。…それからアンリ、旅の途中でディルモールと言う街に大きな時計塔があります。そこに住まう魔女の所へ必ず尋ねなさい。アンネの紹介で来たことを伝えるのです。それでわかる筈ですから」
「ディルモールですね。わかりました」
アンネは悲しそうな笑みを浮かべる。
「さぁ、しばらくの別れです。行きなさい、私の愛する弟子たちよ」
「「はい!」」
アンネに背を押されるようにして、アンリとシャロンは歩き出す。
アンネは二人の背を見おくりながら、顔をしかめた。
シャロンが持っていたあの本は一ヶ月前に無くしたと思っていた物。
恐らくコロナが持ち出したのだろう。
あの本は自分も一度だけ目を通したことがある。
だから、呪いの解き方は知っていた。
でも、それを自分から言ってしまうと二人の意思で決めたことにならない気がした。
呪いの緩和方法を知っていたアンリなら解き方も知っているだろうと思いあえて黙っておいて正解だったと思う。
都合よくバックなんて持って行ったら怪しまれるかと思ったが、特に怪しまれなくてよかった。
多少のお金をあの中に入れておいたししばらくは大丈夫だろう。
ただ心配なのは…。
「シャロンはアンリと仲良く出来るのでしょうか…?」
それだけが心配だった。