英雄の娘
―六年後―
栗毛色の長い髪の少女は真剣な顔をして弓を構えると、木にくくりつけられたターゲットに狙いを定める。
少女は小さく息を吐き出すと、矢を放った。
放たれた矢は空を切り裂きターゲットの中心へと突き刺さる。
ここは村外れのアンネの住む小さな小屋の前である。
「…ふう。」
少女は構えをとくと、ターゲットを見て満足そうに笑う。
「さすがシャロンね!まだ、弓をならって二週間なのに!」
シャロンと呼ばれた少女はこちらちに向かって走ってくる淡い緑色の短い髪を持つ少女に向かって微笑む。
「まだまだ、全然だよ。これからもっと練習しないと実戦じゃ使えないもん。でも、ありがとう。コロナ」
コロナは肩をすくめるとため息を付いた。
「シャロンって本当に真面目なんだから…」
「そんなこと無いよ。私は早く国家公認魔法使いになってヒューディーク村の守護者になりたいの。で、師匠と一緒に二人で村を守りたいのよ!」
目をキラキラさせて力説するシャロン。
シャロンの目指す国家公認魔法使いとは、一般の魔力がある人間が王都に集い、王が主催する国家試験を受けそれに合格すると三年制の魔法学校で学び、卒業後に成績次第で街や村などに配属され、守護者となり人々を守る希望のこと。
「はいはい。それはいつも聞いてるからわかってるわよ」
コロナは飽きれ気味に言う。
「私と一緒に守りたいっていう志は素晴らしいですが、国家公認魔法使いになったら自分の望む場所へ配属されるとは限りませんよ」
二人の会話を聞いて今まで少し離れたところにいた、アンネが歩み寄ってきた。
「わ、わかってますよ!将来的にって話ですってば!私も父さんみたいに師匠と戦って村の人を守りたいなって…」
シャロンは顔を赤くしてうつむく。
アンネはそんなシャロンの頭を優しく撫でた。
「貴女のお父様は国家公認魔法使いでは無いのに十六年前のあの日、命をかけて私と共に戦ってくれました。…きっと死んでしまった貴女のお父様も貴女の想いを聞いて喜んでると思いますよ」
「…はい!」
シャロンは照れ臭そうに笑った。
「さぁ、今日の修行はここまでです」
「どうしてですか?今日は終わらせるの早いですよね?」
コロナは首を傾げた。
今は太陽が真上から少し西に傾いた時間。
本来ならば黄昏時までやるのに。
そんなコロナの疑問をアンネは嬉しそうに笑いながら答える。
「今日はシャロンの誕生日ですよ?早く終わらせてお祝いしたいでしょう?英雄の娘の誕生日となれば、村人から引っ張りだこでしょうし、今から少し休んでおくのもいいと思いまして」
「なるほど」
コロナも納得という顔で頷く。
シャロンは慌てて首を横に振る。
「や、やめてください!英雄の娘だなんて皆が言ってることが大袈裟なんですよ!別に引っ張りだこってわけじゃないし!!」
ただ、誕生日には村人の殆どが家に訪れて来るので毎年盛大なパーティーのようになってしまうだけなに…。
普通に母と二人の誕生日を過ごしたいと思っているシャロンにとってはこの日はかなり疲れるのであった。
「まあ、いいじゃない!師匠が早く帰してくれるなんてあまり無いし、素直に今日は帰ろ?」
「あぅ…。そうだね、わかった」
コロナの提案にシャロンは渋々頷くと、アンネ頭を下げた。
「「では、師匠。また明日」」
「また明日待ってますね」
アンネの言葉を聞いて二人は顔をあげて家路に着こうと歩き出したそのとき、シャロンが歩みを止めて振りかえった。
「師匠!チョコレートケーキ、夜に持っていきますね!」
シャロンの言葉にアンネはクスリと笑って頷く。
「待ってますよ」
「楽しみにしててください!」
そう言ってシャロンは今度こそ、コロナと共に家路についた。
「さて、私はもう一人の弟子に会いに行きましょうかね」
アンネは独り呟くと、森の中へと入って行った。