旧友
エドウィンはルフから飛び降り、久しぶりに城へと帰ってくるといつものオルガの出迎えに身構えたが、誰もバルコニーには来ない。
「…」
夜明け前だからかもしれないが、いつも出迎えるオルガが来ないことに拍子抜けしながらも彼がくる前に自室に戻ろうと足早にバルコニーを後にする。
長い階段を下り、廊下に出ると突き当たった右側の廊下から見知った女性が目の前を通り過ぎて行くのが見えた。
普段なら絶対に他の魔族に関わろうとしないが、その人物だけは別だった。
「ミラ!」
エドウィンはその女性を追いかけると背後から声をかけて呼び止めた。
「あら、誰かと思えばエドウィンじゃない。久しぶりね」
呼び止められて振り返った女性、ミラ・ノーバディは花が咲くような笑みをエドウィンに向けた。
ノーバディは魔王石から排出される淀みを祓う為に魔王の干渉を一切受けず、他の魔族とも関わりを持たない特殊な一族。
そのせいか、ノーバディの事を知る魔族はほとんどいない。
だが、エドウィンは別だった。
ミラだけが彼女にとって唯一友人と呼べる女性だった。
「久しぶりだな。こんな時間に何故ここに?」
いつもよりも表情を柔らかくしてエドウィンが尋ねると、ミラは肩をすくめた。
「新魔王様の就任と自分の就任の挨拶をね」
「自分の就任って…」
「そ、私が一族の長になったの。お父様ももう歳だし、引き継いだってわけ。だからその両方を兼ねて来たのよ」
「そうか…おめでとう」
少し複雑そうな顔をしてエドウィンは笑うとミラに手を差し出した。
その手をミラは迷わず握り返して「ありがとう」とお礼を言うと離した。
「それにしてもこんな時間じゃなくてもよかったんじゃないか?」
「ええ、本当は昼間とかに来たかったのだけれど最近淀みの活動が活発で時間の折り合いがつかなくて」
「…そうか」
「魔王石もたくさん魔力を吸収してて浄化しきれないのね。毎日お祭り騒ぎだって、前に久しぶりに会ったレラがぼやいていたわ」
あの、やる気のないミラの妹を思い出して思わず苦笑いを零すエドウィン。
「久しぶりに貴女の笑顔見たわ。ふふ、見れてよかった。憂鬱なこの挨拶に来た甲斐があったわ」
「別に私は…」
「ずっと心配してたんだから、もうエドウィンは笑わないんじゃないかって。オルガのおかげかしら?」
オルガの名前にすぐに笑みを消し去るとエドウィンは首を横に振る。
「関係ない。それより魔王様は起きてるのか?」
夜明け前だ、さすがに魔王も寝ているだろう。
話を変える口実にそう話題を振るとミラはまんまと載せられ頷いた。
「魔王様だもの。ちゃんとアポは取ったわ、大丈夫よ…ってもう行かなきゃ」
挨拶もそこそこにミラはそう言うと、エドウィンに背を向けて歩き出した。
その背中を見送っていると、ミラが不意に立ち止まった。
「ねぇ?エドウィン」
「どうした?」
ミラはエドウィンと向き直ると、いつにない深刻な表情をしていた。
「なんで淀みが増えたのか知らない?」
その一言にエドウィンは表情を強張らせた。
「魔王石が処理しきれない魔力なんて今まではごく僅かだった。それなのにここ数ヶ月かでこんなに淀みが出るなんて…何かあったとしか思えない」
「私は…」
エドウィンはそう呟いて首を横に振った。
「私にはわからない。…すまないが」
ミラは寂しそうに笑うと頷く。
「そっか、そうだよね。わかるわけないか。ごめん、変なこと聞いて。…じゃ、今度こそさよなら」
今度は花の咲いたような笑みで別れを告げると、エドウィンに背を向けて足早に去っていった。