奇跡
「ダメっ!」
消えゆく意識の中でかすかに聞こえた、少女の声。
「しゃ…ろん?」
「消えさせない!」
シャロンは泡に変わって行くティアの身体になるべく衝撃を与えないよう、抱き上げる。
「まだ諦めるのは早いんじゃない?」
意識を朦朧とさせるティアにシャロンはそう言って笑って見せると目を閉じ、昼間にアンリに言われた事を思い出す。
前に一度、シャロンが助けた方法…。
それは、死の淵に瀕したアンリを救うために唯一回復魔法が使えるメイヤーに足りない分の魔力を分け与えた方法。
「譲渡魔法…」
目を開いてシャロンは呟くと、消えて行くティアを見つめて覚悟を決める。
もし、失敗したらティアが消えてしまう。
怖い。けど、何もしなくても消えてしまう。
だったら…!
「ティアの命、私が預かるわね」
シャロンはもう一度目を閉じ、身体中に流れる魔力を両手の平にかき集めると、ティアの身体の中に一気に流し込む。
「…っ!」
その瞬間、ティアの身体が跳ね上がり苦しそうに目を大きく見開いた。
他の魔力に対する拒否反応。
魔力が生命とする人魚は自分以外の魔力を受け付けないかもしれないと、アンリが言っていた。
だからこそ、ティアが消えるギリギリまで待っていたのだ。
身体に残る本来の魔力が少なければ、シャロンの魔力に対する拒否反応が少ないのでは無いかと考えた決断だった。
シャロンはティアの中に残る魔力に自分の魔力が押し返されるのを感じとると、ティアの魔力を自分の魔力に練り込ませて行く。
次第に魔力が拒否されなくなって行くと、今度はシャロンの中に流れる魔力を根こそぎ奪うかのように魔力がティアの中へとどんどん吸い込まれて行く。
「いいよ…私の魔力、全部あげる」
シャロンは額から汗を流しながら頷いて魔力をさっきよりも多くティアの中に送り込む。
魔力を得たティアの身体は泡に変わっていた部分がどんどん元の身体へと戻って行く。
そして、元に戻るのと同時にティアの閉ざされていた目が開いた。
「シャロン?」
自分の魔力を出し切ったシャロンは、譲渡魔法を止めると疲れきった顔で笑う。
「ほら、消えなかったでしょう?」
ティアを立たせてあげながらそう言うと、シャロンは彼女の背中をこちらを凝視しているラインの方へと優しく押した。
「私なんかより、彼の所に行った方がいいんじゃない?消えずに願いが叶ったんだから」
「あ、で、でも…」
何が起こったのか理解できてないティアにシャロンは肩をすくめた。
「話は後。とにかく今はラインの所に行きなって」
シャロンに促されてティアは戸惑いながらも頷いた。
「シャロン、ありがとうっ!」
ティアは礼を言うとラインの元へと駆け出して行く。
それを見届けると、足から力が抜けて海に膝をつきそうになる刹那、アンリに抱き止めらた。
「お疲れ様」
「ありがと。うまくいったかな?」
「ああ、上出来だ」
アンリの言葉にシャロンは満足そうに笑った。