覚悟
「もう、ティアの中にそれほど魔力が残ってないんだ」
「そうですか…。わかりました」
ティアは頷くとシャロンに向き直る。
「本当は私が消えるってシャロンには最後まで教えずに、二人が王都に渡ってから歌おうって決めてたんです。きっとシャロンは優しいから、自分は悪く無いのに自分を責めてしまいそうな気がして。でも、今はこれでよかったって思います。ちゃんとお礼とお別れが言えるから。…ありがとうシャロン。それからアンリも。貴女達に会えてよかった」
もうなんて言ったらいいのかわからなくて、シャロンはただ泣きながら首を横に振ることしか出来ない。
「こんな別れ方ですみません」
「…うっ、…他に、方法は無いの?」
「ごめんなさい」
ティアの笑顔が見ていて辛い。
シャロンはティアから顔を背けて涙を拭う。
「なぁ、ティア。俺、さっきラインに会ったんだ」
「え?」
予想していなかったアンリの言葉にティアは驚いてアンリの方を向く。
「ラ、インに…?」
動揺して言葉を詰まらせるティアにアンリは頷く。
「ああ。買い出しに行った帰りに絵を描いてるラインに会ったんだ。あいつ、目が見えなくても絵を描けるんだってお前に証明したいって言ってた。…後、伝言を頼まれたんだ」
「伝言?」
「“気にして無いからまた会いたい”って。なぁ、目が見えなくても絵が描けるって頑張ってるあいつの思いを無視してもお前は、癒しの歌を歌うのか?」
その言葉にティアは黙り込み、しばらくして首をゆっくり縦に振った。
「歌を歌っても歌わなくても私はどちらにしても、魔力を失って泡になります。なら、ラインの為に歌って消えたい」
「…そうか」
これ以上、何も言う事なんて無いとアンリは黙り込む。
「わがままでごめんなさい」
「いや、ティアの気持ちが変わらないってわかったからいいよ。…じゃあ、今晩の準備しなきゃな」
「はい。あの、その前に少し海に行ってきてもいいですか?…最後に記憶に焼き付けておきたくて」
「ああ、構わない」
「ありがとうございます」
ティアは嬉しそうに笑うと、チョコレートスコーンを一気に平らげてから海の中へと姿を消して行った。
「シャロン」
「なん、で…今夜なのよ」
ずっと俯いていたシャロンが顔を上げると、こっちを睨みつけてきた。
「覚悟だって出来てないのにっ!」
「今、必要なのはシャロンの覚悟なんかじゃない。ティアの覚悟と魔力だ」
「友達なんだよ?別れが辛いとか思わないの?」
「…」
アンリはその問いに答えず、買ってきたチョコレートスコーンを口に運ぶ。
「辛いとか泣いてたら、ティアを救えるのか?」
「私の気持ちなんかわからないくせに偉そうに言わないでよ…」
話したらティアを救うアイディアが浮かぶと思ったけど全然ダメだ、思い浮かばない。
「お前の気持ちなんか俺にわかるわけないだろ?」
そう言ってアンリはチラリとむくれるシャロンを見ると笑う。
「でも、そうだな。俺には出来ないけど、お前に出来ることがあるんじゃないのか?」
「それってどういう意味?」
「後は自分で考えてみろよ。お前はそれで一人救ってる」
アンリの意味深な言葉にシャロンは眉間にシワを寄せて考えるとある事を思い出して目を見開く。
「…っ!それって…!」
何かに気づいたシャロンにアンリは悪戯っぽく笑うとチョコレートスコーンを差し出した。