魔導船事故
「前は見えてたのか?」
「そう。半年前に事故に会っちゃって視力を失ったんだ」
ラインの言葉にアンリはある事が頭によぎった。
「もしかして、魔導船事故か?」
ラインは少し驚いたような顔をして頷いた。
「よく知ってるね。…って有名な話か。たまたま絵の具を買いに王都に行った帰りに魔導船が墜落したんだ」
「運が悪かったんだな」
ラインはちょっと困ったように笑って首を横に振った。
「みんなそう言うけど、命が助かっただけでもよかったって僕は思うんだ」
「そっか…」
「あの事故で亡くなった人もたくさんいたから。…人魚族が多くの人を助けてくれたのも事実だけどね」
「それは町の人が言ってた。…みんなすごく感謝してた。この町の人はみんな人魚族と仲よかったんだな」
アンリの言葉にラインは頷いた。
「リースポートの人は常に人魚族と助け合って来たから。僕にも人魚族の女の子の幼馴染がいるんだ」
「へぇ。人魚族の幼馴染かぁ。異種族の幼馴染とかいていいな」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
だが、その言葉と裏腹にラインの表情は暗くなる。
「ライン?」
「…あ、ごめん。その子のこと思い出してて。彼女、あの事故以来僕の前に現れなくなっちゃったんだ」
ラインは自分の右手をまっすぐ前に伸ばす。
「海の底に沈んでいく中、僕の手を掴んで引き上げてくれたのは彼女だったんだ。…でも、僕の目が見えなくなったってわかった時、泣きながら何度も謝ってそのまま僕の前から消えてしまった…。謝る必要なんかないのに。僕にお礼すら言わせてくれないんだ」
「…困った奴だな」
「うん。それにその子は人魚のクセにすごく音痴なんだ。だから癒しの歌なんて最初から望んでないのに、勝手に謝って勝手に罪悪感なんて感じちゃって…本当に困った幼馴染だよ」
ラインはそう言ってスケッチブックをパタンと勢いよく閉じた。
「だから、いつか目が見えなくても見えている時以上に絵が上手くなって彼女に見せつけてやるんだ。…そしたら彼女は罪悪感なんて感じことないでしょ?」
「あぁ…俺もそう思う」
アンリの返答にラインは満足そうに頷いた。
「お坊っちゃまー!お昼できてますよ!」
その時、白い家の庭から誰かがこちらに向かって叫んだ。
「あ、迎えだ。もう行かなきゃ。…アンリはいつまでここにいるの?」
「あと四日くらいかな?魔導船の空きがなくて」
アンリは残念そうに肩をすくめると、立ち上がりラインの腕を掴んで立たせてやった。
「王都に渡るつもりなんだ」
「あぁ、そこから妖精の森に行くつもりなんだ」
「そっか。じゃあ、王都に渡ったらしばらく会えなくなっちゃうね。初めて会ったのにいろいろ話せたからもう少し一緒にいたかったんだけど」
残念そうなラインにアンリは苦笑した。
「あと四日あるから会いに来るよ。近くの砂浜で野宿してるし」
「砂浜で野宿してるの?じゃあ一つ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「そう!」
ラインは見えていないはずの瞳をキラキラさせた。
「もし、彼女に…ティアに会ったら僕は気にしてないから、また君に会いたいって伝えて」