奴隷
リースポートのパン屋に着いたアンリはティアに頼まれたチョコレートスコーンと適当なパンをいくつか買うと店の外へと出る。
「にしても、相変わらず賑やかなところだな」
王都へ向かう魔導船が一日往復一回しか無いせいもあるのだろうが、小さな港町は人で賑やかだった。
海の方を見上げれば、その上で浮かぶ憧れの場所でもある王都がよく見える。
「…本当ならあそこで今頃試験を受けてたんだな」
シャロンの呪いが解けたら、必ずここに戻って試験を受けよう。
そして、罪が消えたら彼女に会おう。
そんな事を考えていると、不意に鎖に繋がれた人が目に入った。
それは一人や二人では無い。
何十人もの人が、一つの長い鎖に繋がれてゆっくりとした足取りで先頭の鎖を持つ男の後をついて歩いていた。
鎖を繋がられた人々の目は一様に暗く、絶望し切っていた。
「…」
じっとアンリが見つめていると、同い年くらいの薄汚れた少年がこちらを睨んできた。
その少年はアンリに向かって唾を吐くと、そのまま引っ張られて遠ざかっていった。
何となくその少年と話して見たくて追いかけようとした刹那、誰かに肩を掴まれて振り返るとそこには白い髭を生やした老人がいて静かに首を横に振った。
「お若いの、追わない方がいい。彼らは奴隷だ」
「奴隷…」
「そう、彼らは明日の便で王都へ運ばれ売られるらしい。…変な善意や興味本位で彼等に声をかけぬ方がいい」
遠ざかって行く奴隷一行を見送りながらアンリは頷いた。
「そう、ですね。…王都から向こう側は確か奴隷が、認められていたんでしたね」
前に師匠の家で読んだ書物の内容を思い出しながらアンリが言うと老人は忌々しそうに頷いた。
「大昔の名残だ。全く嘆かわしいが向こう側では誰もそんな事を思わない。…いつか、国王が廃止を宣言してくださればいいのだがな。そう思わないか?若いの」
老人はそう言って笑いながらアンリの肩をポンポンと叩くと、人混みの中へと消えていってしまった。
「誰も思わない事を王は廃止にしようだなんて言わないだろうな」
アンリはそう呟いてさっきの奴隷の少年を思い出す。
自分に唾を吐いた少年は何となく昔の自分に似ている気がした。
世界を恨んでいるようなあの目。
師匠やケーキをくれた彼女がいなければ自分も彼のように人を、世界を恨み続けていたのかもしれない。
「…帰ろう」
アンリは首を横に振ってその考えを振り払うと、奴隷達が消えていった方に背を向けて歩き出した。
自分を待つシャロン達の元へ向かって。