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罪人たちに夜明けを  作者: 紅月
第七章
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夢のまた夢

 微睡む闇の中で、誰かが歌を歌っていた。

 それはとても優しくて聞いていて安心する歌だった。

 誰も寄り付かないこの場所で自分しかいないのに、なんで歌っているのか理解が出来なかったが、叶うのならずっと聞いていたいと思った。


 誰…?


 眠くて目を開けられない。

 誰が歌っているのか気になるのに。


 不意に歌っている主が、自分の額に触れた。

 何度か撫でた後、前髪を掻き上げてそっと唇を額に押し当てた。


 その行為にドキリとした。

 こんなこと誰にもされた事ないのだ。

 照れ臭いような、くすぐったい気持ちになる。


 誰?

 自分にこんな事をするのは一体、誰…?


 開かない目を無理矢理こじ開けようと、まぶたに力を込めてゆっくりと開いた。





「…ん」


 目を開いたアンリは何度か瞬きをする。

 そこは閉じ込められていた塔などではなく、波の音が心地い海岸だった。

 自分から少し離れた砂浜の上で、シャロンがティアに音程を一生懸命教えていた。


 そこまで確認して、寝ぼけていた頭がだんだん覚醒してくる。

 ティアと出会って三日の月日が流れ、その間シャロンは毎日朝から晩まで歌を教えいた。

 今日も二人で練習すると言うので、自分は邪魔にならぬよう、砂浜と森の境界線に生える木に寄りかかり木陰で父親の遺品である本を読んでいたのだが、そのうちに眠っていたようだ。


「変な夢見た」


 グッと伸びをしてから、夢の内容を思い返す。

 あの夢は自分が幼い頃、あの塔にずっと閉じ込められていた頃のものだと思う。

 そしてあの歌。

 あの歌は、シャロンが今ティアに教えているものに似ていた気がする。


 自分が忘れている過去の記憶?


「いや、ありえないって。誰が俺のために子守唄なんか…」


 苦笑して首を横に振ると、読んでいた本をパタンと閉じた。

 シャロンの話を聞いて心のどこかで羨ましいと思ってしまったのだろう。

 だから、あんな夢を見たのだ。


 シャロンは愛されてる。

 母親とそして死んだ父親にも心から愛されていた。

 じゃあ、自分は?自分は愛されていたのだろうか?

 望まれて生まれてきたのか?

 母親も父親も自分の誕生を待ちわびてくれていたのか…。


 そっと膝に置かれた本を撫でながら、アンリは自分の考えを否定した。


 人間の女性が魔族の子を身ごもれば必ず死んでしまう。

 お互いが愛し合っていたのなら、二人を引き離す存在である自分を愛すわけがない。


「そんなのわかりきってるのにな」


 シャロンのバッグを引き寄せて、本をしまい込むと立ち上がる。


「辛気臭いのは、ここまでにしよう。夢は夢だ」


 願望が夢となって具現化されただけの話。

 何も考える必要はない。


 ふと、空を見上げれば太陽はもうすぐ頭の上に昇りきる所だった。


「昼飯でも買いに行くか。おーい!シャロン!ティア!!」


 アンリの呼びかけに楽しそうに練習をしていた二人が、手を振って応えた。


「どうしたの?」

「昼飯買ってくる!」

「いってらっしゃーい!」

「あ、ちょっと待ってください!」


 シャロンに送り出されてリースポートへ行こうとするアンリをティアが慌てて引き止めて、駆け寄る。


「どうした?」

「パン屋さんがありまして、そこのチョコレートスコーンが食べたいなって思いまして」

「…」


 えへへ、っと笑うティアを無言で見つめた後アンリは渋々頷いた。


「チョコレートスコーンな。買ってくるよ」

「ありがとうございますっ!」


 花が咲くんじゃないかって勢いで笑顔になると、ティアは意気揚々とシャロンの元へと戻って行く。


「今度、金を払わせるか」


 その背中を見ながら独り言を呟いてアンリはリースポートへと向かった。

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