大切な人
「まぁ、魔力だけの問題ってわけでも無さそうだけどな」
アンリはそう言ってフライサンドを口の中に放り込んだ。
「うっ…。で、でも、本当に魔力が今までは強かったからうまく歌えなかったんですからね!」
「わかってる。で、だんだん減ってきたから魔力をうまく扱えると思ったんだろ?」
「…」
アンリの指摘にティアは黙り込む。
一瞬、重い空気が流れるがその空気をシャロンが壊した。
「ねぇ?さっきティアが歌っていた癒しの歌を鼻歌でいいからもう一度聞かせてくれない?」
「ふぇ?何故ですか?」
「お願い!一回だけでいいから!」
「わ、わかりました…では…」
ティアは咳払いをすると、鼻歌を歌い始めた。
音程は安定しないが、さっきの歌よりも音程がわかりやすい。
目を閉じて聴いていたシャロンはゆっくり目を開くと頷いた。
「うん、行けるかも」
「何がですか?」
ティアは歌うのをやめると首を傾げてまじまじと得意げに笑うシャロンを見つめた。
シャロンはウィンクすると、鼻歌を歌い始めた。
それは優しくて美しい旋律だった。
穏やかな陽の光に包み込まれているかのような気持ちになる、そんなメロディ。
それを聞いていたアンリは目を見開く。
聞き覚えのないこの旋律を何故か懐かしいと思ってしまう。
「な、んで…「すごいですっ!」
アンリの声を掻き消して、ティアが叫ぶとシャロンの手を握る。
「その旋律はまさに癒しの歌ですっ!何でこの歌を?」
「ティアが歌ってる時はわからなかったけど後から思い返してみたら聞いたことあるなって思って。そしたらね…」
シャロンは照れたような、困ったような笑みを浮かべて一度、アンリを見た後口を開いた。
「生まれる前に死んだお父さんがね、私が生まれたらこの歌を歌って寝かしてあげるんだって言って誰かから教わってたんだって。その代わりにお母さんがよく子守唄代わりに歌ってくれてたの」
「人魚の知り合いでもいたんでしょうか?」
「そこまでは教えてもらってないけど」
シャロンが一瞬、表情を曇らせたがティアは気づかずに話を続ける。
「是非に私に歌を教えてください!お願いします!」
ティアの頼みにシャロンは当然とばかりに頷く。
「もちろん。ルーク語はわからないけど、音程くらいなら教えてあげられるよ」
「わぁ!ありがとうございま「ダメだ」
二人が和気あいあいと話を進めていく中、今まで黙っていたアンリが水を差す。
「え、何でよ?時間ならあるじゃない。王都に渡る間くらい教えたって…」
「ダメだ。ティアもシャロンにこんな事を押し付けないで欲しい」
その言葉にティアは目を丸めた後、悲しそうに笑う。
「アンリはわかっているんですね」
「…」
アンリは黙り込んで目を反らす。
「ねぇ、意味わかんないんだけど。ちょっと私にもわかるように…」
「私の中には、何回かしかまともな歌を歌えるくらいの魔力しか残ってないんです。合ってない音程の歌ならば、魔力の消費も少ないのですが正規の歌を歌えばその魔力の消費は計り知れません。シャロンにちゃんとした歌を教われば私の魔力は尽きるでしょう」
ティアの説明にシャロンはギョッとした顔をする。
「じゃ、じゃあ…ティアは魔法使えなくなるの?」
「ええ。もう歌を歌えなくなるでしょう。でも、それでもいいんです。私にはどうしても助けたい人がいるから」
「魔力を失っても助けたいのか?」
アンリの問いかけにティアは幸せそうに笑った。
「はい、彼にもう一度光りを見せてあげたいのです」
「好きな人?」
ニヤニヤ笑いながら聞いてくるシャロンにティアは顔を真っ赤にさせた。
「ち、違いますよっ!た、ただの幼馴染みです!」
「わかりやすいくらい動揺してる!うぅー、手伝うよっ!ティアの恋路を成功させよう!!」
シャロンはティアの手を握りブンブンと上下に振る。
そんな二人を見て、アンリは小さなため息をつく。
「たく、知らないからな…」
そんな呟きなんてシャロンの耳には届いてなどいなかった。