人魚の歌
「人魚達の魔法詠唱は“歌”なんだ。歌うことによって魔法が発動する」
「てことは主魔法とか無いの?」
「あぁ、そう聞いてるけど。おれも生では見たこと無いからなぁ。人魚の歌ってすごく綺麗らしい」
アンリの言葉に店員は大袈裟に頷いた。
「綺麗なんてもんじゃねぇ。この世のものとは言えない美声なんだよ。何だっけか?魔法使い達が昔使ってた言葉のえーと…あれだ、ルーバ語?」
「ルーク語だな」
アンリは苦笑して訂正する。
「そう!そのルーク語で歌うから余計に神秘的なんだよ!」
「へぇ…聞いてみたいかも」
「聞かせてやりてぇが、そいつは無理なんだよ、姉ちゃん。もう、人魚達に魔力はほとんど残ってないからな。歌うことももう無いだろうよ」
店員は寂しそうにそう言って、肩を落とすと店の奥へと戻ってしまった。
アンリとシャロンは顔を見合わせると、とりあえず海に向かうことにした。
リースポートの近くの浜辺は商人達のテントが張り巡らされ、とてもじゃないが近寄れる雰囲気では無かったので少し離れた浜を目指す。
途中、リースポートから少し離れた場所に立つ大きな白い家を眺めながら前を通るとシャロンがうっとりしたようなため息をついた。
「あぁ〜。いつか、こんな素敵な家に住みたいな!きっと貴族とかの家よね」
「ここまで豪奢だとな。…ていうか、ルヴィカに作ってもらえよ」
アンリはそう言って建築家達が集う街、ジオーグで出会った少年を思い出す。
いつか建築家になったら自分の為に家を作ってくれると言ってくれたルヴィカは今元気だろうか?
「ルヴィカはまだまだ先でしょ?それに…」
シャロンが何か言いかけてすぐにプイッとアンリから顔を背けた。
「なんだよ?」
「べっつに!何でも無い!」
ルヴィカに“二人の新居を作ってやる”と言われた時の事を思い出して何故か急に恥ずかしくなっただけだ。
シャロンは首を横に振ってその記憶を掻き消すと、さっきのことを思い出した。
「でも、まさかここまで魔族の被害が深刻なんてね」
その一言でアンリは顔を曇らせると重々しく頷いた。
「魔導船墜落事故と人魚族の深刻な魔力不足…。魔族のせいで世界がおかしくなってる。一体これからどうなるんだろうな」
「さぁ?私にはスケールが大き過ぎてついて行けないわよ」
シャロンはそう言って肩を竦めると不安そうな顔をして目前にまで近づいた海の方を見て足を止めた。
「でも、これから私たちはそんな得体の知れない奴らの本拠地に行くんだもんね。…そんなこと言ってられなくなるんだよね」
「…」
こんな時、何て声をかければいいのかわからなくてアンリは黙り込んだ。
「よし!アンリ!遊ぶぞ!!」
突然声を上げた後、シャロンは靴を脱ぐと両手でそれを持って海へと走って行く。
「あ!シャロン!!」
アンリの制止も聞かずに海に入ってはしゃぐシャロンに力が抜けたように、思わず笑みを零した。
シャロンの強がりを少し見習わないと。
「それにせっかくの海だしな…!」
アンリも靴を脱ぐとシャロンの元へと駆け寄る。