組織
「アンリなら知ってると思ったんだけどねぇ」
呆れ気味のレラにアンリは少しムスッとして「悪かったな、無知で」と言い放つと肩を竦めた。
「で?誰なんだ?バン・ルルエールって」
「あんたと同じ、半魔族だよ。ちょっとした有名人なんだけど?」
「俺はほとんど故郷から出たことがないんだよ」
「へぇー。箱入り坊ちゃん!」
「あいつ殺していいか?」
殺気立つアンリにシャロンが慌てて肩を抑えた。
「まぁ、まぁ、落ち着いてって!レラもあんまり茶化さないでよ。…そのバンって人がどうしたの?」
「アンリをからかうのが面白くって。…バンは今の魔王の政権に反対する組織のリーダーなんだ。だから、アンリはちょっと興味があるんじゃない?」
「反対する組織…」
「みんながみんな人間を好き好んで殺したいと思ってないって事。前王の政策で魔族たちの中にも人間を愛して家族を作った奴らが大勢居るんだよ。…あんたの親父のようにね」
アンリはハッとしたような顔をしてレラの顔を見つめた。
「もちろん、あたしだって人間が好きだ。だから、組織の一員でもあるんだよね。今の魔王は人間を殺したり半魔族を滅ぼそうとまでしている。終いには魔力を根こそぎ奪おうとしてるしね。放って置けないでしょ?アンリも同じ考えがあるなら、一度バンに会ってみるといいよ」
レラの提案にアンリは少し黙り込んだ後、頷いた。
「…ちょっと考えてみるよ。俺がそんな組織に入っていいのかわからないし」
「なんで?入るのは自由じゃん?」
「俺の父親は人を多く殺しすぎてる。…そんな資格俺には無い」
「それ、十六年前の事?」
レラの言葉にアンリがギョッとして震え上がった。
父親の事件は色んな場所で有名になっているのか!?
そんなアンリの心配を他所にレラはため息を吐いた。
「…十六年前、前王が抑えていたはずの魔族の殺人衝動が突然みんなの中に溢れてきてね。似たような魔族絡みの事件が多発したんだよ。あんたの親父だけじゃない。長年、無かったものが突然暴れ出したらどうなるか想像つくでしょ?」
その質問に真っ先に頷いたのは、意外にもシャロンだった。
今の自分ならそれがどういう事か身をもってわかる。
どれくらい衝動が強力なのか、それを耐えるのがどんなに困難なのか。
許される事では無いが、でもわかってしまう。
「耐えられない、よね」
「身を焼くような衝動だからね。…アンリの父親が残忍だったってわけじゃ無い。組織の中には同じような経験してる奴は沢山いる。だからこそ組織に入って魔王のやろうとしてる事を止めたい」
レラの真剣な言葉にアンリは頷いたが、それでも表情が晴れる事はない。
「まあ、興味あったらだから。迷いの森の中にアジトがあるから近くまで行ったら尋ねてみなよ」
「そうだな。…そうしてみるよ。ありがとう、レラ」
「こちらこそ。シャロンも、呪いなんかに負けないでよねぇ」
「もちろん!」
胸を張って頷くシャロンにレラは笑うと、二人から一歩後ろに下がった。
「さて、あたしもそろそろ行かなきゃね。じゃあ二人とも健闘祈るよ。もしまた会って困ってたら助けてあげるよ」
「期待してるよ」
アンリの返答にニシシと笑ってレラは森の奥へと消えて行ってしまった。
「さて、俺らも行くか」
「…うん」
突然、元気を無くしたシャロンにアンリは不思議そうな顔をした。
「シャロン?」
「ねぇ、今なら私、少しだけアンリのお父さんの気持ちわかるよ」
その言葉にアンリは首を横に振った。
「わからなくていいよ」
「でも、悪いのはアンリのお父さんだけじゃないんでしょ?前王の力が衰えたりとか色々な要因があったんでしょ?なら…」
アンリがそこまで罪に縛られなくたっていいじゃない。
そう言おうとしたが、その言葉はアンリの手によって塞がれてしまった。
「俺の父親は、十六年前にお前の父親を含めたヒューディークの人たちを沢山殺した。…どんな理由であれそれは事実だ。覆しようがないし、償わなくていいって事にはならない」
アンリはそう言ってシャロンの口から手を放して、これ以上話すことは無いという風に背を向けて歩き出した。
その背中にシャロンは何かを言おうと思ったが口をきつく結び、アンリの後を追いかけた。