公平な差別
人間の設計図を解読するというヒトゲノム計画。
約31億の塩基対構造解読には開始から50年という長い年月が必要であった。
しかし解読完了からわずか10年、2010年代には人間一個体の遺伝情報はわずか数十分で調べられるまでの進歩をみせた。
解析対象であった遺伝情報は、蓄積可能な統計情報になった。
塩基構造解読の次に調べられたのはどの部分がどの形質発現に影響するのかという遺伝子についてだ。
塩基文字列のうち役割が判明したものを遺伝子という。
該当の遺伝子部分がどのようになっているかを解読することで特定の病気に関係する関係因子の同定が進んだ。
これをうけて動いたのは製薬業界だ。
クスリの性能は同じなのに保有遺伝子系統ごとにクスリの効き方が違うということに注目し創薬治験がおこなわれた。
遺伝子タイプ別ごとの投薬に差があることが認められると今度は保険業界が動いた。
関係因子の組み合わせをもつか否かで保険料が変わるプランを発表したのだ。
実際に必要となった治療費実績が異なることに注目してのプランの作成であった。
発表時にはやれ優生学だ、人種差別だのと社会問題にもなった。
親子の遺伝という意味で使われる単語と対立因子があり多因子形質であるその人物固有の遺伝子の違いが社会的にも認知されていなかったからだ。
しかし、それらの混乱も比較的わずかな時間であった。
負担率に影響を与えるまで関係因子を持たないひとの自発的保険脱退が進み、対策をとらない保険プランが維持できなくなったのだ。
保険という制度は「運良く事故にあわなかったひと」
または「運良く病気にならなかったひと」が、
「運悪くなってしまったひと」の治療費を支える仕組みだ。
事故件数が全加入者数のなかで少ないほうが各加入者の負担はすくなくてすむ。
100人中50人が事故にあうのか、100人中1人が事故にあうのかという比率は、
保険加入者がそれぞれいくらを負担すればその保険制度を維持できるのかという構造に直結する。
事故を起こす可能性が高く、また事故が発生した結果、必要となる費用が高くなればそれに備えて加入者の掛け金をあげる必要がある。
癌や糖尿病などといった相当数の罹患者がいる病気においてさえ関係遺伝因子の有無により
30~50倍もの統計差があることがわかると
保険業界は遺伝子の影響を無視したまま負担を公平なものとしてを均一に維持することができなくなった。
そもそもの事故発生率が違うからという理由で
学歴により自動車保険の加入金が異なるような制度をもつ国から導入がはじまり、
やがてそれが世界経済連携協定を通してこの国でも保険料算出の基準になった。