タコはサル
「そうですね、適性情報をみるかぎり……対人の…例えばサービス業のようなものは向いていないようですね。」
相手の口元がさらにまがる。
ご不満のようだ。
適性を聞きたいのに向いていないものを案内されてもという気持ちはよくわかる。
「学生時代に成績が優秀だったということでしたら……」
優秀という言葉にアクセントを強調して発音する。
検査項目からは読み取れなかった本人申告の情報をつかっておだててみた。
反応をうかがうが、これくらいでは心拍数には変化なしか。
「職業資格をとられてはどうでしょうか?」
相手の顔色が赤を通りこして急激に紫色に、顔の彫りがみるみる深くなる。
「なんのための遺伝子適性検査だ!!!」
噴火してしまった。
「結局また資格試験か!!俺は <ピーーー> の管理職だったんだぞ!!!それをいまさrk%lbyp#!!」
赤と紫のまだらの頭を左右に激しくスウィングさせる。油性マジックで書き込んだような眉間の大げさなシワ。クマドリのように浮き上がる血管。こんな顔で迫ってくる人間はもはやホラーだ。
面談者の心拍数は警告域に達し警告文章が面談中止の要請文に変わった。
健康面に悪影響をあたえないよう、これ以上の面談続行は危険とのシステム通知だ。
「はい、では適性検査案内としては以上となります。終了後、資格試験案内科を呼び出す画面がでてまいりますので、ご希望でしたら画面の指示に従ってください。」
多少強引ではあるが安全装置が働いてシステムによる強制終了になるまえに面談を打ち切った。今頃相手の画面には事務的なオペレーション案内画面が表示されているはずだ。モニタとかを手でバンバン叩いていなければいいのだが。
画面からタコ妖怪が消えて嵐が去った。
静かになった自分のブースに呼び出し音が響く。
指を二本、くるくると空中で回す。応答用のモーションゼスチャだ。
「Nくん、お疲れ様。」
可愛らしい声がブースに響いた。
一聴するとわからないがこれは人工音声である。
喋った内容を連続音声認識プログラムが
音声認識しテキスト化したうえで受信側で音声に再合成することで面談員の通話はおこなわれる。
声紋のような面接官固有の情報は完全に排除されるので途中で面談する人物が入れ替わっても相手が気が付くことはできないであろう。
施設には同僚や管理職とすら直接交流することは極力避けるようにという服務規程があり、所内のコミュニケーションもアバターと人工音声にておこなわれる。
通話内容を記録し情報漏えい対策を確実なものにするためだ。
先ほどの面談者でも<ピー>という警告音が流れたが、このように面談中に発せられた勤務先などの固有名詞は伝達されることなく通信の過程で規制されただの電子音におきかわる。
面談をしている者が誰か、面談をしたものが誰かがわからないようにという仕組みはここまで徹頭徹尾システム化されているのだ。