すまし顔に隈取が浮かぶ時
私が働いている職能安定所は依頼者の遺伝情報をもとに職能についての適正診断をおこなっている。
遺伝子検査用の試験キットに唾液を採取してセンターに郵送すると1週間もせずに解析が終了し遺伝子を元に職能に対する適性を聞けるようになる。
聞けるようになると表現したのは、たとえ本人の遺伝情報であっても、直接解析結果を見ることはできないからだ。
とてもデリーケートな情報であるために、専門の知識を必要とし、告知、面談等の訓練をうけた専門の面談員の解説によりのみ適性を知ることができる。
私はその解説面談員だ。
もっとも面談といってもカメラとマイク越しのオンライン面談だ。
扱う情報の性質上、被験者がどこの誰だかわからぬよう個人が特定できるような情報は解説面談員には知らされない。
個人が特定できる情報、もちろんここには外見上の特徴も含まれる。
オンラインでの面談となっているのは、カメラとマイクを通すことで、鼻や眉といった顔のパーツがまったくの他人のものと置き換えられ、眼の間の距離や輪郭も変化し、実際のカメラの前に座っている人物とはまったく違う人相となって表示される。
拡張ポアゾン合成というらしい。
髪型には個人の特徴が出やすいということで、モニタに映しだされるときには男女もれなくつるっぱげ。全員スキンヘッドだ。
もし面談者と町中で偶然遭遇しても同じ人物と認識することはできないだろう。
また被験者から最低でも地理的に百Km以上離れた施設の解説面談員が担当するようシステムにより面談がセッティングされるので、そんな偶然すらも確率としては皆無だ。
しかし、プライバシー保護だけが目的であれば、音声通話にすればよい。わざわざビデオ面談にしているのは、よりスムーズな面接がおこなえるように面談を受けているものの感情を器械的に解析して表示してくれる感情増幅のアシスト機能がついているからだ。
これがまた強烈な仕組みなのだ。
はじめて感情増幅表示装置を通して人間をみたときは、頭髪もなく大げさに動く眼の球と、めまぐるしく顔色をカラフルに変えるさまから、これじゃまるでタコ妖怪だなと感じたものだ。
しかし2週間も使えばそれにもすっかり慣れてしまっていた。
6ヶ月を過ぎるころには実生活で会話をしていても相手の表情が乏しいように感じられ、ヒトとはこんなにも喜怒哀楽の表現が貧しかったものだろうかと思うまでになっていた。
このアシスト機能はカメラで捉えた相手の表情から人間の肉眼ではわからないような変化、例えば自律神経からくる瞳孔の開きの変化や、心理的動揺から視線が泳ぐと形容されるような眼球の揺れ、わずかな表情筋の緊張、表皮の毛細血管から脈拍や血流量の変化などを機械的に増幅して人間の眼でみて一目してわかるよう大げさに表示してくれる。
この装置の前ではどんなに無愛想で無表情な能面だって大げさな感情表現をする歌舞伎俳優、漫画登場キャラクターの如きになる。
人間の意思疎通方法には言語によるものと言語によらないものがある。
言葉をもたない動物や赤子がするように仕草や雰囲気だけで意思伝達をするノンバーバルコミュニケーション。
感情増幅表示装置はこの言語によらない変化を機械的な分析と増幅により予断のないものにしてくれるのだ。
軍事用、主に、取り調べ、尋問用として開発された技術が民生転用されているのでその性能と精度は、
残酷なまでに恐ろしい。