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乗り物のない世界に連れて行ってあげる。

作者: 粗挽きがごめ昆布(函館産)

私は乗り物に弱い。そりゃあもう滅法弱い。どれくらい弱いかというと、電車でもバスでもたったの一駅、たったの一停留所。それだけでエチケット袋が喉から手が出るほど欲しくなる程度に弱い。ただしこの場合、喉から出るのはただの汚物である。何故ならば私は漫画の中で騒がれている怪盗のような世紀のマジシャンでもなければ、生まれつき超能力を持っているわけでもない、極普通の女子高生であるからだ。






「……大丈夫?凄く顔色が悪いけれど」




「あ、りがとうございます……」







そうして例に漏れず、たった一駅で酔い潰れたサラリーマンの様にぐしゃりとつぶれてベンチに座り込んだ私に、一人の女性が労るように声をかけてくれた。こんな人間、私であれば面倒だと素通りしてしまうだろう。私に限らず、人間というものは想像するよりも軽薄に生きている。だというのに、彼女は想像よりも優しい。本当に心配してくれているようで眉を下げてこちらを見ていた。お礼を述べて大丈夫だと全力で笑って見せる。多少引きつったかもしれないが、笑顔には見て貰えただろう。彼女はそれでもなお心配そうな顔をしたけれど、私が念を押す様に口にした大丈夫という言葉に納得してくれたのか時折こちらを振り返りながらも段々と私から離れ、やがて階段の奥へと消えていった。そうして目で見送る彼女の姿が消えた瞬間に、納得してくれたのではなく、あれは――私を気遣って空気を読んでくれたのだと、彼女の配慮に気付く。


自分の間抜けっぷりに驚くと同時に彼女への申し訳なさを感じて自然と頭が下がる。手探りでバッグから取り出した飲みかけのペットボトルの封を開け、中身の水をゴクゴクと飲み干した。腹の中で水が揺れる感覚に不思議な懐かしさを覚えながらも、私は彼女の後姿を思い浮かべては「まるで女神のような人だったなぁ」と目を閉じる。もう、会うこともないだろうと思うと、弱ったところに優しさを降り注がれたからだろうか――初対面だというのに妙な寂しさを覚えながら、自身の回復を待とうと背後にある看板に頭をこすりつけた。
















「まぁ、大丈夫?」




優しい耳障りの良い声がかけられて、温かい掌のように頭を撫でる錯覚を覚えるまでに私の心は弱っていたのかもしれない。それでも、体に触れられる前にまるで真綿に包み込まれているような優しい暖かさを私は確かに感じたのだ。




「は……、い」



喘ぐように息をする中で絞り出した声は、どう上手く見繕ったところでとても「大丈夫そう」には聞こえなかったことだろう。沈みそうになる自身ですら、「今のはないな」と思うのだから間違いない。――そう、寂しさを感じたその次の日、例に漏れず電車に負けた私の背中を優しく擦ってくれたのは、前日も声をかけてくれた女性だった。もしかして彼女はこの駅を毎日利用しているのかもしれない、と考えては申し訳なさが吐き気と共に口から申し訳ない形をとって出そうだった。しかし、何故だろうか。時間の経過が一番の薬だったはずなのに、不思議と彼女に背を擦られていると直ぐに気分が良くなってくる。すみません、すみませんとうわ言のように繰り返す口とは反対に、どうか離れてくれるなとその手に縋る私がいた。










「あらあら、」





次の日、

次の日、


また、次の日。


女性に背中を擦られ続けて、何だか日課のようになってしまったこの光景に、果ては駅員の方が心配して声をかけてくれるまでになってしまった。まさかこんなことになってしまうとは、と悔やんでも内科で処方して貰う酔い止めさえ一度しか聞かなかったのだから手の打ちようは何もなかった。もう体の不具合ではなく呪われているのではないかと思う。前世で電車やバスを相手取って何かやらかしたのだろう。……電車やバスを相手取って一体何をやらかしたというのだろうか。想像もつかない。はぁ。やれやれ。仕方ないと諦めるには実害がある。これでも、酔いを防止できるといわれたことは何でも試したつもりなのだ。


さきいかを噛み続けろ、と言われたら車内がいか臭くなって周りから睨まれようとも青い顔でいかを噛んだ。梅干しをへそに貼れ、と言われたら貼ったし食べればいいと聞けば大嫌いでも口に含んだ。

酔い止めのツボがあると聞けば押し続けたし、押し続けなくてもいいように専用のリストバンドが売られていると聞けばなけなしの小遣いで即座に購入を決めた。







――結果、さきいかや梅干しは見るだけで吐き気がするまでになってしまったし、ツボがある手首にアザが出来たし、リストバンドを嵌めても汗ばんで気分が悪くなるだけだった。最悪である。本当にもう手の打ちようがないのである。呪いの考えを打ち消して己は難しい病を患っているのかもしれない、と考えて顔が青くなりそうだとも思ったが、皮肉にも今日も例に漏れず酔い潰れたおかげで、到底これ以上顔が青くなりそうにはなかった。








「――というわけなんです」







見ず知らずの女性に他人にとってはどうでも良い無価値な全てを打ち明けていいものかとも思ったが、毎朝"背中を擦る人"と"擦られる人"という妙な関係を築いてしまっている為に、これくらいは話してもいいだろう、いや話すべきだと、私は吐くように言葉を零した。私であれば鼻で笑って通りすがるような話でも、女性は至極真剣に頷きながら話を聞いてくれた。やはりとても良い人なのだろう、と改めて思う。そうして私がうんうん頷きながら、女性の神がかった優しさに酔いしれていると、彼女は手を叩いて閃いたというように明るい声を出した。



じゃあ、何とかしましょうね、と。


それに対し、意味が分からず聞き返しそうとした次の瞬間、


















――何故だか私はジェットコースターに乗せられていた。



しかも木製。よくよく見れば形状がトロッコであり、それがトロッコ列車であることが解かるけれど、持つところは前方の縁のみという、これなんてデンジャー仕様。暗がりの中を突き進むそれに身を委ねようにも吐き気が酷くてそれどころではない。振り落とされないように必死で縁にしがみ付いているせいで前のめりになろうと、落ちなければそれで良かった。それにしても吐きそう、吐く。マジで吐く五秒前だから。そんな冗談を口にする。あれ、結構私ったら余裕じゃん!と思ったその瞬間に汚物が飛び出た。良くないタイプのフラグ回収である。辺りに漂う自分の胃を経た匂いに貰い吐瀉しかけるが、口を押さえてどうにか堪えた。ガタンガタタン、激しく揺れる自分が操ることも降りることもできない恐怖の乗り物。顔色が悪くなっていくのは何も、気分の悪さだけではない。それでも段々と明かりが見えてきて、それが出口だと分かると喜ばしく感じて――しかし、それはつかの間の幸せで。







「う、っ!」







ドン、という激しい衝撃を腹に受けたせいで力が抜け、元々前のめりになっていた体は抗うことなく前方へと飛び出した。










私、空を飛んでる!




なんて、喜べたらどれだけ良かったことだろう。私は落下している。まごうことなく、落下している。翼を下さい、今私に。白い翼、付けて下さい切実に。


飛び出す前に腹が圧迫されたせいで口から綺麗じゃない物が出かかったが、それよりもまず飛び出して消えそうな生命の灯に肌が粟立った。本当に恐ろしいことに出会った時、人は悲鳴をあげれないと言うがそれは本当らしい。知りたくなかった。知りたくなかった、と思うも知ってしまったことを無かったことには出来ない。そんなことよりも私が無かったことになりそうだ。











「おおおおおお父さんお母さん、ごめん先逝く不孝を許してぇえええええんだぁあああああああ」





いやぁあああああ!!



叫ぶ一方何故だか冷え行く思考が、世が世であれば辞世の句を用意しておくような状況に陥るとは思わなかったから、遺書という名前の謝罪文を残してこなかった自分を憎らしく感じる。人間いつ死ぬか分からないと言うし、書いておくべきだった。いやでもそんな急に死ぬとは思わなかったし。もう死ぬ気満々、というのもおかしいのかもしれないが――見る限り森がジオラマのパーツのようにしか見えない位置からパラシュートもなしの生身で飛び降りを強いられているのだ。投身自殺としか思えないこの状況で生き残る自信なんてない。私がハルクだったら助かったのかもしれないけれど、なんて空想の世界に夢馳せて短い余生を謳歌しようと思うくらいにない。ここで生きる気満々なら、既に頭が死んでいるから何れにせよ生は見いだせない。無理ゲーだ。……それにしてもやたらと飛び下りている時間が長いなぁと思いながらも、死ぬというのに走馬灯が駆け廻らないことに不満を抱いた。死ぬ手前には絶対来ると思っていたのに、来ない。これは期待を裏切られた。










「あら、だって貴女死なないもの」




走馬灯が巡るはず、ないじゃない。





――暗い思考の横で、明るい声が耳を擽った。驚いたが声を上げることなく横をギギギと壊れたおもちゃのようにぎこちなく向けば、そこには私の毎朝の女神がピンクの日傘をさしてふわふわと浮かんでいた。メ、メリー●ピンズ?








「こ、ここから落ちて、死なないわけ……」




「横で浮いている私を見ても、まだ死にそう?」




「いや、むしろ今からピクニックにでも行きそうです。」




「あらいいわねぇ、行く?」




「い、いいえぇ遠慮します。」






現在地が空中で在ることを忘れさせるような穏やかさで私もつい和んでしまったが、忘れてはいけないのは、彼女は何かしらの作用によって浮いているが、私はそうではないということ。お先真っ暗であるということ。と考えると、口に出していたわけでもないのにお先真っ暗なわけではないのだと彼女に否定される。あら、不思議。脳内ストーキングされている気分です、と念じてみればストーキングはよろしくないわねぇと微笑まれる。駄目だ、完全にまるっとお見通されている。彼女と話しているうちに段々と地面が近くなってきていることに気付いた。そろそろ死にに行くか、とそろそろ出かけるかみたいなニュアンスで死にそうな自分にも気付いたが、そこは気付かない振りをして目を閉じ――瞬間、ふわりと浮いた体に驚き目を開けて









「おふ、ん!」







ぐしゃり、と着地とは言えない首がムチウチになってもおかしくないような体制で私は地面に落ちた。死んでない。不思議と体も痛くない。あ、嘘。嘘言いました。首が痛い。ム、ムチウチか……?!いや、それにしてもあの高さから人生終了バンジーしたのに人生終了していないなんて。……もしかして私の女神(メリー●ピンズ)が助けてくれたのか、と前後左右を見ても仰いでも穴がほげそうなほど地面を見つめても彼女どころか虫一匹も見当たらなかった。あれ?


跳ねるように体を起こして辺りを見渡せばそこには鎧姿の男性が沢山おり、目の前に現れた虫の影に「あ、虫」と思ったその瞬間に虫はその安定感のある太ましい男の足に踏み潰されてお陀仏となり喉の奥で酸素がヒュッと鳴いた。男達の手には槍が握られていて、今にも色の違う鎧の男性を刺し殺さんとばかりに突き出そうとしている。目を瞑ろうとした瞬間には、目の前に赤い液体が飛んできてそれが何であるかは想像するに容易い。…あれ?









「――おい、お前!」








戦場だ。

シュミレーションか何かだろうか、ドラマの撮影だろうか。いや、それにしては。いや、それにしても。些か"現実味を帯びすぎていないだろうか"。よく出来たセットだ、よく出来た台本だ、よく出来た演技だ。並べるのは良いとしても、それにしても。


何だ此処、と見渡しても辺り一面野原で目印になりそうな建物は一つもない。焼け野原ではなかっただけマシだろうかなんて縁起の悪いことも考えながら、私の防衛本能がじりじりと人気のない方へと足が動かしている。遠くにはたくさんの旗が揺れて――――ん?ちょっと待って、あの旗のマークどこかで見たような気がする。






「(歴史に近いけど、歴史と同じではなくてもっとフィクションにまみれた…)」





――家紋だ。多分、どこかの家紋。

後ずさりしながら、歴史上のどの家紋とも一致しないが、妙に既視感に襲われるその妙な家紋の書かれた旗を睨みつける。竹に二羽の飛び雀――そうだ、パッと見る限りで伊達の家紋のように見える。見える、が――あれは本当に伊達の家紋だろうか?私の記憶が正しければ、飛んでいる雀の周りに満天の夜空ばりの星は散らばっていなかったように思うのだが。






「そこの!」






あ、しかもよく見たら雀じゃないわあれ。雉だわ。……雉?星条旗のような家紋に、雉。ちょっと待って、何か思い出しそう。などと、この明らかな平和がダッシュで逃げ失せているような光景を前にして緩やかに後ずさりしながら考えているのが悪かった。







「妙ちきな格好をしている小娘! 」




「ひ!」






本来であれば確認すべき背後を全く気にしていなかった私は、怒号とも取れる声と共に後ろから肩を掴まれたことに驚き体の力を抜いてしまう。骨のないゴムのように緩くなった体は荒々しい手に引っ張られるままに動いた。当事者だというのに頭からすっぽ抜けていた空から墜落するという地に足付いた人生を歩んでいればまず遭遇しないであろう珍事に見舞われた後の貧弱な体は強すぎる力の前では紙切れも等しく、勢いあまり二回転し――私は襲いかかる浮遊感に頭が真っ白になった。わかりやすく言うと、酔った。その一方で怒号の主は二回転した私に低い声で「ぬぉっ」と呻き、私から凄い勢いで離れていった。ズザッていった。ズザッて。回した本人なのだから驚きは隠して欲しいと思います――と思う私の緩い体は怒号の主が急に手を離すものだからそのまま倒れていく。傾倒していく視界の中で怒号の主がこちらに向かって手を差し伸べようとするのが見えたが、私の体はその大きな手に掴まれることも屈強そうな腕に支えられることもなくバダンと倒れた。





「……」




「……」







完全に倒れて縦向きになった視界の中で男がこちらに向かって右足を踏み出し右手を伸ばした格好のまま固まっている。目が合えば気まずそうに目がそらされる。とても良い人の匂いがするが、とても良い人は少なくとも貧弱な女の肩を荒々しく掴んで流れるように二回転させた後昏倒させたりしないと思う。ダンスに誘う紳士でもそんな無体は働かずにしっかりと腰を掴んで受け止めてくれると思う。シャルウィーダンスも言われていないぞ私は!






「……」




「……」






そっと体を起こし、その場で三角座りする。顔をあげる。男が仲間になりたそうにこちらを見ている。顔を下げる。ジャリジャリと砂を踏みしめる音がする。顔を上げる。男が仲間になりたそうにこちらを見ている。顔を下げる。また砂を踏みしめる音がする。少しだけ足を引くような音が混じっている。顔を上げる。男が仲間になりたそうにこちらを見ている。……"だるまさんが転んだ"でしょうか?いいえ、無言の攻防です。






「……」




「……」







じりじりと無言で詰め寄りやがて目の前に立った壁のような大男に――嫌に見覚えがあった。変な汗が出てきた。何時何分何秒までは言えないが、あの夏に私の従姉妹が携帯ゲーム機を片手に笑っている光景が目に浮かぶ。あのゲームはなんという名前だっただろうか。そう確か、



日ノ本恋愛統一白書。


ジャパンラブミッションバイブルなんてスタッフのお茶目か意味が噛み合わない妙なルビが振ってあったことが論議を醸し出したことから一躍話題となった。ラブミッションなんて甘いルビの割に真面目に天下統一していかないと即デッドエンドフラグが立つ上に、ルートによっては自ら先陣を切って死闘を繰り返して敵の首を刈り取って回らないといけない、なんて殺伐とした内容であることから極端な賛否両論が飛び交った恋愛シュミレーションゲーム。サブタイトルは"武将と恋して天下統一"。――恋する時間をくれよ!と従姉妹が嘆いてリビングを転げまわっていたところを足で踏んで通ったあの日が頭で自動再生された。








「あ、あはは……」








乾いた笑いを漏らす私に、怪訝そうな顔をする怒号を放った壁のような大男――の後ろで、頭に三日月ぶっ刺さった男が腕組みしてこちらを伺っているのを確認した。その三日月刺男(みかづきささお)の後ろでは、例の飛び雀ならぬ飛び雉の星条旗が揺れているのも認識した。










母さん大変、










――辞世の句が、必要かもしれない。




神様を助けてトリップ、なんて話は結構見る気がしたけど、私は神様に助けられてトリップ話をお見かけしなかったので書いてたらとんだ尻切れトンボ。

助けられるとはいっても、事故から病気から災害から、なんて対それたものではなくて乗 り 物 酔 い 。


この世界の神様はフランクもフランクで、度々人に紛れて暮らしている。そんな中偶然見つけた毎日酔い倒れる女を哀れに思い、手助けをしてやろうと思う。でもやっぱり神様って凄い思想が人とは違う飛躍の仕方をして規模も違うわけで。乗り物をなくしても良かったけど、乗り物のない世界に連れて行ってあげたらどうかしらなんて考えに至る。そして行動力が凄い。


神様は完全によかれと思って即連れていっちゃうわけだけど、連れて行かれた側は吃驚仰天で即吐瀉。乗り物ないとかいうレベルじゃなくて



戦国時代でした。しかも甘ったるいシュミレーションかと思いきや、死亡フラグしか見えない方の。


こちらは現実的に死にそうです。


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