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「ん、これが双剣な。ウチの馬鹿弟子が勢い余って封印しちまったんだ。確認が必要なら開封するが……」
三人の目の前。見た目も美しい木製のローテーブルに置かれたのは、布を巻き、釘打ちで蓋をされ、割り印も押されている、一抱えほどの木箱だった。これにマテリア様に授与される双剣が入っているのだという。
「いえ、持ち帰り、会長に確認して頂きます。ありがとうございました」
タニアさんがそう言ってお辞儀をしたので、ユイニィもそれに習う。マテリア様はこの件に関してはノータッチのようで、ユイニィの隣で微笑んでいた。
店頭でのやりとりの後、結局三人ともが店の奥のリビングに通され、今は大きなソファに並んで座らされている。
店舗部分は金物屋のようで、調理器具等が並んであり、一部には模擬刀等の武具もあった。これは主に競技用なのだという。
奥が居住区らしく、中はいたって普通の民家で、ユイニィの家とさほど違いは無かった。奥に通される途中で説明されたが、さらに奥は作業場になっているらしい。少し興味はあったけれど、今日は別件で来ているのでそこはぐっと我慢。
「しかし、悪かったな。見ての通りこのザマでよ」
サリスさんはそう笑って、包帯等で固められた右足を上げて見せた。足首周辺だけだったけれども、少し痛々しい。
「自分の作品は自分の手で渡すってのが、代々ウチの家訓みたいなもんでね。手間取らせて悪い」
「いえ、その、そんなに手間ということはないですし、えーっと、私、鍛冶屋さんって来たことなかったので、あの、嬉しくって!」
サリスさんが頭を下げたので、ユイニィは慌ててそんなことを言った。自分より目上の人に謝られるのは苦手だった。どうしたらいいか分からなくなってしまう。それに、怪我をしたならしょうがない。しょうがないことは、それでいいんだって思うから。
「……ありがと。キミは可愛いな……ああ、ちゃんと名前聞いてなかったっけ」
サリスさんはユイニィの慌てっぷりを見て笑ってからそう言った。我に返ると少し恥ずかしい。
それから各々自己紹介をして、お弟子さんという若い男の人が入れてくれたお茶をいただいた。
「ん。ユイニィに、タニアに、マテリアね。覚えた……てか、マテリアって、これを受け取るコじゃないか。何で自分で取りに来てんだ?」
どうやらサリスさんはマテリア様の名前を知っていたらしく、首を捻る。まぁ当然の疑問だろう。
「いえ、生徒会の都合で、私達、一年二人だけでお伺いすることになってしまいまして、不安もあって、私達が付き添いをお願いしたんです」
と、タニアさんが説明した。脅迫状の辺りは上手くぼかしてくれていた。そんな話をわざわざする必要なんてない。
「そういえば、聞いた話で失礼なのですが、先生方にもお渡しするのは拒まれているとか?」
話題を変えようとしたのか純粋に疑問なのか、マテリア様がサリスさんに尋ねる。
「あー、いや、なんつーか……」
と、その質問にサリスさんは頭をかきながら呻くように漏らした。どうやら言いにくい事情があるようだ。
「ああ、失礼しました。不躾でした」
「あー、いやいや、違うんだ。まぁ、わざわざ取りに来てもらったんだから、それくらい答えなきゃな。ま、他言無用にしてくれ。特にクロちゃん」
言われて三人は頷いた。というか、クロ様はサリスさんに何かしたのだろうか。
「理由は二つ。一つは、フレアの教師の中に、元恋人がいる」
サリスさんは頬をかきながら言った。
元恋人。年頃の乙女達をそわそわさせる響きの言葉ではあったけれど、黙って話の続きに耳を傾けた。
「もう一つは、まー、届けたついでに女の子を眺めたいって。理由の大半がそれなんだが」
サリスさんはそこで嬉しそうに三人を見る。
「だって、可愛らしい女の子達が、アタシが作った剣とか使ってるんだ。こう、制服の裾をひらひら揺らしながらとか、運動服とかでさっ!」
満面の笑みで、力強く語り始めるサリスさんはそこから止まらなかった。
いわく、完成されていない筋肉のしなりから生み出される剣の軌跡が素晴らしいとか。
勝負の瞬間に見せる真剣な横顔がたまらないとか。
金属と乙女の融和がなんたらかんたらとか。
たっぷり一刻以上は続いたんじゃないだろうか。三人は遮るわけにもいかず、なんとか愛想笑いを返すくらいしかできなかった。
つまるところサリスさんは、元恋人の先生と近づきたくないし、それよりも女の子と戯れたい。フレア女学園は基本的に用事がなければ関係者以外は入れないし、こういう時が学園内を見学する良い機会なのだという。
これって、女の人だから何とか許されてるのではないだろうか。
「うん。というわけで、こうやって関われることが嬉しいんだよ」
と、サリスさんはユイニィとマテリア様の鞄。タニアさんのベストを順番に指差す。
「高等部なら、その小剣はアタシの親父の作品だ。鋳造した量産品だが、名前は一つずつ手で入れてある。それを大事に持っていてくれるから、フレアの生徒は大好きだ」
そう言ってサリスさんは、くしゃっと顔を歪めた。嬉しそうに、寂しそうに。
お父様は、三年前に亡くなったそうだ。
「そして、この双剣は、やっぱり特別。一振り一振り、打つ手に想いを込めてある。ここだけの話だが、どういう生徒だとか、事前に少し聞いてな。考えながら打つんだ」
サリスさんの瞳が、真っ直ぐにマテリア様に向けられる。凄く、強い眼差し。マテリア様は、少しだけ微笑みながらそれを受け止めていた。
「うん。マテリア。これはお前の剣だ。アタシはまだ若いが……安心しろ。女の子を見る目に狂いはない。この剣は、お前が持つために生まれた剣だ……たのむ。お前が成長していくその横に、この剣を」
それは、心に響く言葉だった。ユイニィに向けられたわけでもないのに、言葉の一つ一つが、まるで鉄を打つ鎚のように胸に打ち付けられ、心を震わせ、奮わせるのだ。
「……ありがとうございます。若輩者ではございますが、貴女のお言葉を、想いを、この胸に受け止めて、双剣に相応しい人と成れるように努めると、お誓い申し上げます」
そしてマテリア様は、そのお顔に微笑みをたたえたまま、しかし真剣な眼差しで、そう告げたのだった。
「それにしても……緊張したわ。やっぱり二人に任せて、私は外で待っていればよかった」
マテリア様がそう言ったのは、サリスさんの所を出て、喫茶店でケーキセットを食べて一休みし、店を出て学園に向かおうと歩き始めた時だった。
あまりに唐突だったので、ユイニィは一瞬、喫茶店に入るのが緊張したのかと馬鹿なことを考えてしまった。
「マテリア様、緊張、なされていたのですか?」
前を歩くタニアさんが、首だけ後ろに向けて尋ねる。
「当然でしょう。こんなに緊張したのは……覚えていないくらい久しぶりだもの」
マテリア様は苦笑を漏らして、大きなバッグを肩に掛けなおした。やっぱり大荷物だとかさばるらしい。
「でも、全然そんな風に見えませんでした。すっごく落ち着いてらっしゃって……私なんて、自分でも何喋ってるかわかんなかったのに」
「表面を取り繕うのは得意なのよ」
ユイニィの言葉に、マテリア様は自嘲気味に笑った。こういう時のマテリア様は、とても寂しそうな顔をする。
自分ではどうにもできないのだろうか。ユイニィは吐く息に少しだけため息を混ぜた。その拍子に新たに追加された荷物が肩から落ちそうになって、慌ててかけなおす。これを落とすなんてとんでもない。
「双剣は、生徒会棟の準備室に保管しましょう。準備室の鍵は応接室の鍵箱だし、応接室の鍵は生徒会役員しか持っていないわ。そして生徒会棟の鍵はお姉様かクロ様。それか職員室の鍵箱。これなら、大丈夫でしょう?」
マテリア様の言葉に二人は頷いて、そうしている内に学園の姿が見えてきた。とはいえ広大な敷地を持つこの学園。見えてから入るまでがまた遠い。
三人はぽつりぽつりと話しながら、学園を取り囲む大きな壁沿いにしばらく歩いた。
「もうすぐ雨季ですね」
「私は雨季は苦手なの。髪が巻いてしまうし、雨の日は頭が痛いし身体もだるいわ。ずっと生理がきているみたいになるのよ」
とか。
「そういえばユイニィさん、魔術基礎の実習、どうだったかしら?」
「最初は失敗。それから、ちょっとマテリア様に教えていただいたから、次は多分大丈夫」
「まぁっ! マテリア様とお二人だけの秘密の個人授業でしたの?」
「……タニアちゃん、楽しそうねぇ」
とか。
そうやって半刻ほど歩いて、ようやく門が見える。門横の守衛室で守衛のおじさんに、生徒手帳と小剣を見せ、生徒会の仕事です、と用件を告げて通してもらった。休日に学園に来たことはなかったので、これだけのことでもちょっと、どきどきした。
「確か、クロ様は今日もいらしていたはずよ。クロ様にも立ち会っていただいて、双剣を保管しましょう」
「はい」
マテリア様に続く形で高等部校舎の方へと向かう。
校門を抜け、二股に伸びる石畳を右手へ向かう。左に行けば中等部だ。その後、光弁樹の並木道をしばらく歩くと噴水が現れ、その向こうに昇降口が見えた。
噴水の中心には英雄魔王様の石像がある。右手に剣。左手に杖。外套をはためかせている。世界を救った頃の姿だと言われているけれど、だとしたらユイニィとそれほど変わらない年齢に見えて、現実感がない。
もっとも、勇者とか、魔王とか、世界が滅びかけたとか、知識で知っているだけで、どれ一つとして現実感はないのだけれど。
「じゃあ、二年はあっちだから、生徒会棟の連絡通路で会いましょう」
二年の校舎はユイニィ達一年の隣になる。マテリア様はそう残して、二年校舎へと歩いていった。
「それじゃあ、私達も」
「うん」
タニアさんと頷き合って、ユイニィは小走りに自分の靴箱へと向かった。タニアさんは二列隣の棚になる。のんびりして、マテリア様を待たせたりしたら大変。
「……あれ?」
靴を履き替え、タニアさんと合流しようとした時、ふと視界に見覚えのある人影が入った。
その二人は今通ってきた噴水の脇を通り、すっと見えなくなった。その方角は図書室か第二体育館の方。
「ユイニィさん、お待たせしてしまうわ」
「あ、ごめん」
人影の方を何となく眺めてしまって、タニアさんに注意された。ああ、なんだかこればっかりな気がする。
「さ、いきましょう」
「生徒会役員の皆様、全員いらしてるのかな?」
タニアさんと並んで歩きながら、ユイニィは先程の人影を思い出して言った。
「どうかしら。でもみなさん、お忙しいみたいだから、そうかもしれないわ……どうして?」
「ううん。さっき、噴水のところに、エルザ様とロイス先生がいたから。図書館の方に向かってた」
「……ああ、エルザ様は剣術部ですもの。しかも期待の選手だから、きっと部活関係だわ。部活と生徒会の両立なんて、きっとお忙しいでしょうに、そんな素振りなんて見せない所、素敵だわ」
ああそうか。エルザ様と話したことを思い出す。エルザ様はお母様に剣術を反対されてるんだった。だからきっと、休日もこうして頑張ってらっしゃるのだろう。そう思ったら、なんだか落ち着かなくなってきた。
「じゃあ、ちょっとでも生徒会の皆様の負担が減らせるように、私も頑張らないとっ!」
思わずユイニィの歩調が強くなる。
「まぁ、ユイニィさんったら。私のことも忘れないで。一緒に、頑張りましょう?」
「うん、そうだね」
そう笑って、一年生二人は生徒会棟へと駆けていった。