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永悠少女譚  作者: 著者
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 翌日。剣授の儀まで後十日。

 担当区域の掃除を終わらせて生徒会棟に向かうと、見たことはあるけれど思い出せない人物が応接室にいた。

「おお、手伝いの一年か。おつかれさん」

「ええと、こんにちわ」

 びっくりして足が止まる。一応扉から中には入ったけれど、そこで固まってしまった。

 男の人がいる。

 いや、別にフレアにだって男性はいる。教師達だ。男女比では女性の半分以下だけれど、確かにいる。普段父親以外の男性と接する機会が少ないせいか、はたまたこの場所に男性がいることへの驚きか。

 だから失礼なことに、ユイニィはその男性をじろじろと観察してしまった。

 二十代後半くらいだろうか。鳶色の短い髪と瞳の、中肉中背の男性。女学園という場所の力を借りれば、結構生徒から人気があるんじゃないかな、というくらいに整った顔立ちをしている。

「ん、どうした?」

「あ、いえ、失礼します」

 固まっているユイニィに、男性は首を傾げて尋ねてきたので、軽く会釈して、小走りで鞄をテーブルへと置きに行く。

 あまり距離をとるのも失礼かなと思ったので、男性が座っている椅子から、二席分離れた椅子の上に置いた。

「ハイエンド達なら来ていないぞ」

「あ、はい。アニス様に相談があって、待ち合わせを」

「そうか。俺はシンのヤツなんだが、呼び出しておいて待たせるっていうのは、副会長としてどうなんだろうな」

 家名で呼ばれても一瞬思い出せないのだけれど、ハイエンドはレシル様。シンはクロ様のこと。うっかりでも、間違えたら失礼になってしまう。

「あ、えーっと、一年光組の、ユイニィ・アールクラフトです」

「ああ、悪い。一年は受け持ってないから知らんよな」

 相手が誰か分からないことに耐えられなくなって、ユイニィは自分から名乗ることにした。すると男性はすまなさそうに笑って、軽く手を振る。

「三年、四年の魔術応用担当の、デミア・ロイスだ。よろしくな」

「はい、よろしくお願いします」

 なるほど。上級生担当では顔を合わせる機会もない。ロイス先生の顔に見覚えがあったのは、多分すれ違ったり、集会の時などに見ていたのだろう。

「あ、お茶もお出ししなくて……」

「おお、構うな構うな。気を使わなくていいんだぞ」

 ここは応接室なのだ。ならば手伝いの身だとしても、お客様をおもてなししなければ。ユイニィはそう思い、慌てて流しへと向かう。後ろでロイス先生の苦笑い混じりの声がしたが、この後のことを考えて、お湯は沸かしておくことにした。

「えーっと、その、私がお茶が飲みたいので、ついで、ということで」

 振り返ってロイス先生の顔を見ながら言って、自分の言葉にびっくりする。ついで、ってことはないだろう、先生に対して。

 ここはお嬢様の園。失礼な言動なんて、怒られて当然。

 ロイス先生はちょっと目を見開いていたが、すぐに真顔になって、そして。

「くっくっく……なるほど。ついでなら、ありがたく頂こう。種類は任せるよ」

 怒られるかなと身構えていたユイニィに、だけれどロイス先生は愉快そうに肩を震わせ、そう言った。

 私、何か面白いようなこと言ったっけ。

 わからない。分からないけれど、まぁ、多分よかったのだろう。ユイニィは取り合えず、二つ分のお茶の準備を進めることにした。

 お湯が沸いてポットに注いだところで、扉が開く音。

「あら、ロイス先生。珍しいですね、ここにいるなんて」

「いや、シンに呼び出されて、待たされている。見かけなかったか?」

 淡々とした口調に、気だるそうな銀色の瞳。現れたのはアニス様だった。

「クロ様でしたら写真部に捕まって、特集用の撮影させられていました。次号の壁新聞用みたいです」

「次号って、剣授の儀の特集はやらないのか」

「新聞部いわく、紙面が倍になるらしいのですが、詳細までは存じません」

「倍って……掲示板はみ出しそうだ。何でアイツはあんなに人気なんだろうな」

「さぁ……美少女だからじゃないでしょうか。あ、ユイニィさん。私にも入れてくれる?」

「あ、はい」

 アニス様は興味なさげに話を打ち切り、ユイニィにそう言った。気持ち程度に微笑んだような気がしたけれど、アニス様はどうにも表情の変化が少なくて、実はちょっと怖い。

 ユイニィはトレイに三つカップを用意して、角砂糖と固形粉乳の入った小さな器と一緒にテーブルに運んだ。

「お待たせしました」

「お、ありがとう……いい一年生が入ってよかったじゃないか、リグラント」

 最初にロイス先生の前にカップを置くと、先生はユイニィに笑顔を見せてから、アニス様に顔を向ける。

「本当に。気がつく、動ける、というのがこんなにも重要だとは、去年は思いもしませんでした」

 アニス様の前にカップを置いたユイニィに、少しだけ細められた銀色の瞳が向けられる。多分、褒められているみたい。

「お前も、片刃になってから、随分と明るくなったじゃないか。楽しそうでなによりだ」

「ちょ、ちょっと……私のことは、いいのです。いけません」

 少しからかうような調子のロイス先生の言葉に、アニス様が少し目を見開いて抗議した。ちょっと焦ったような様子は、失礼ながら可愛いと思ってしまった。

 ユイニィは自分の分をテーブルに置くと、バッグを置いていた隣の椅子に座った。ロイス先生から一つ空けてアニス様。さらに一つ空けてユイニィ。

「お、ちょうどいい。うまいよ、アールクラフト」

「ええ。ありがとう、ユイニィさん」

「ありがとうございます」

 言われて自分も一口。うん。美味しいけれど。ユイニィは砂糖と粉乳に手を伸ばした。やっぱり、甘いほうが好きだ。

 ばん。何の前触れもなしに、勢い良く扉が開いた。

「おお、美味しそうなお茶なのですよ。美少女にも振舞うがよいですよ」

「……」

 話を聞くに、先生を待たせているであろうクロ様。まったく悪びれた様子もなく、第一声がそれだった。

「おや、ロイス先生。お待たせしてしまって申し訳ないのですが、私がお茶するくらい待ってくださるのですよね?」

 もう、無茶苦茶である。その物言いに、ユイニィだけでなく、ロイス先生もアニス様も呆れたようにクロ様を見ていた。

「ふむ。美少女に見とれるのもいいですが……ははぁ、つまり美少女の給仕をお望みですか。まぁ、殿方なれば当然ですよの。しばし待つがよいので……にゅっ!?」

 くるくる回りながらしゃべり続けるクロ様の頭を、立ち上がったロイス先生が押さえつけるように叩いた。

「……シン」

「な、なんです」

 怒った様子もなく、あくまで真顔のロイス先生に、クロ様がたじろぐ。

「言うことは?」

「ええと……」

「待たせたら?」

「……お待たせして申し訳ございませんでした、ロイス先生」

「ん。妄言たれるのは、その後だな」

 おお、あのクロ様がおとなしくなった。さすが先生。クロ様がしゅんとする様子に、ユイニィはちょっと感動した。

 しかしクロ様。軽く深呼吸すると、思わずどきっとするくらい真剣な、大人びた顔になった。

「ああ、ロイス先生。お呼びたてした上に申し訳ないのですが、隣の準備室へお願いできますか。前回の剣授の儀で使用した台座を見ていたのですが、どうも片付ける際にぶつけたようで」

 普段とは違う優雅な物腰。透き通ったお声。少し物憂げな微笑をたたえた、美術品のようなお顔。紛れもない淑女がそこにいる。

「そこまで露骨な当てつけは、むしろ凄いな……」

 淑女クロ様に苦笑いすると、ロイス先生はカップの中身を飲み干して立ち上がり、扉へと向かう。クロ様はその後ろを静々とついていく。

「ごちそうさま。頑張ってな、リグラント。アールクラフト」

「はい」

「ありがとうございます」

 ロイス先生は軽く手を振って、部屋を出て行った。

「ロイス様っ! わたくしというものがありながら、他のおなごに色目を使うなど、なんと酷いお人なのでしょうっ!」

 それを追いかけて、今度はよく分からない人物になったクロ様が出て行った。

「……アニス様」

「なに?」

「クロ様って、ずっとあの調子なんですか?」

 思わず尋ねると、今度こそアニス様はしっかりと微笑んで。

「ええ。ずっとあの調子。素敵な方でしょう?」

 と、嬉しそうに言った。




 女が三人いれば妖精も逃げ出す。

 現在応接室にいるのは、ユイニィ、タニアさん、アニス様の三人。そろそろ日暮れも近づいてきていたが、少女三人のお喋りは日の出たばかりというところか。クロ様が持ってきたというディスタンラヴァーズの厚焼きクッキーを頂きながら、今は昨年の生徒会の話に花が咲く。

「では、アニス様を、生徒会に引き入れたのは、クロ様だったのですか?」

 タニアさんが、驚いた拍子に開きすぎてしまった口元を手で隠しながら言った。

「ええ。第三期の初め。クロ様が御自分の剣授の儀の手伝いを、私に頼まれたの」

 意外。アニス様はレシル様の片刃だから、てっきりレシル様の支えになろうと生徒会に携わったのだと思ったのだ。

「じゃ、じゃあ、レシル様の片刃になられたのは、その後なんですか?」

「そうね……あの時は驚いた。もし片刃になれることがあるなら、クロ様の……って、思ってた」

 ユイニィの質問に苦笑で返して、アニス様はカップを口に運んだ。

 でも、それってどういうことなんだろう。ユイニィは頭をひねった。さっきのクロ様に対するアニス様の様子を見るに、アニス様はクロ様のことが好きみたいだし、クロ様がアニス様を生徒会に入れたのなら、クロ様だってお嫌いなんてことはないはず。それにクロ様には片刃はいらっしゃらない。

「ユイニィさん。顔に出てる。勝負事に弱そう」

 アニス様に笑われてしまった。見ればタニアさんにも笑われていたから、よっぽどはっきり浮かんでいたのだろう。ユイニィは顔を押さえてうつむいた。

「まぁ、別に隠すことでもないし」

 そう言ってアニス様は瞳を細めて、銀の髪を少し揺らした。

「私が主様の片刃になったのは、クロ様に言われたから」

 レシルは来年度の生徒会長になるのだから、優秀な片刃がいるべきだし、アニスには忙しなく、暇を与えないようなご主人様が必要だから。

 そう言って、二人をひっつけたのだという。

「何だか最初はショックだった。だけれど、それはクロ様が私を大切に思ってくれているからだと主様に言われて、そう思えた。確かに主様と私は、相性が良かった」

「それは……とても素敵ですね」

 アニス様の言葉に、タニアさんたらぽっと頬を赤らめて両手で包む。彼女はこういう話題が大好きだ。

 ユイニィにはちょっと分からなかったけれど、アニス様が凄く幸せそうなお顔で、お声で話すものだから、多分それが最良だったのだと思った。

「あ、でも、クロ様は副会長ですけれど、片刃はいらっしゃいませんよね?」

 ユイニィは思わず尋ねる。クロ様の腰には、黒い小剣が二振り提げられている。

「『この美少女の片刃になれるのは、私よりも美少女だけなのですよ』って、仰った。真意はわからないけれど、あの方のことだから、本気半分嘘半分だと思う」

「本気だとしたら、条件厳し過ぎますね」

 学園の人気者。愛好会まで存在しているクロ様よりも美少女。それって、最早世界最高圏の美少女しかなさそうだ。

「……だけれど、ユイニィさんは、案外クロ様と合うかもしれない」

「へ?」

 アニス様。失礼ですが目のお加減が悪いのではないでしょうか。ユイニィを見つめるアニス様に、心の中で問うてしまう。

「あ、そうですね。何となくですけれど、分かります」

 タニアさんまで何を言い出すのだ。美少女というならば、貴女の方が余程でしょうに。

 自慢ではないけれど、ユイニィの顔立ちは……悪くはないけれど、よくもない。愛嬌があるとは言われるけれど、酷い時は親友にゴブリン呼ばわりされるくらいなのだ。

「でもユイニィさんは、マテリア様」

「ですね。クロ様、おかわいそうです」

 あの、お二人で盛り上がられても困るんですが。

 ユイニィの前で仲良く手を取り合って涙を拭う仕草なんてしてみせる。

「そんな、あるはずないでしょう、私が……なんて」

 そう。さすがに釣り合わないだろう。あんなに素敵なお二人に、こんなに平凡な小娘が。

 それに、もし、万が一にでも、例えばマテリア様が私に小剣を差し出してきたとしても。

「ありえないですよ。本当に」

 ユイニィには重たすぎて、受け取れないだろうと思った。

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