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永悠少女譚  作者: 著者
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「それと、ユイニィちゃんとタニアちゃん以外の一年生には、三日前からの講堂準備から参加してもらうことにしたわ。聞いたら、みんな部活もあるみたいだったから」

「今年は、行事予定を中々決定に持っていかなかった阿呆な教頭一年生がおるのですよ。苦情は私が受け付けますので、遠慮せずに言うが良いですよ」

 阿呆って。レシル様、クロ様と発言を聞いて、ユイニィは改めて四年生、会長、副会長のお二人の格の違いを感じる。特にクロ様。教頭先生相手に阿呆って、聞いているだけで恐ろしい。

 マテリア様との魔術練習の後、生徒会棟応接室では、残り日数の行動予定会議が行われていた。参加しているのは生徒会役員全員と、ユイニィ。それに、レシル様にお手伝いを頼まれた、学年一の秀才、タニア・シーベルさん。

 タニアさんとは初等部から一度も同じ組になったことがなく、ほとんど会話したこともなかったので、隣に座ったときは少し緊張した。

 亜麻色の長い髪を大きな三つ編み一つにしていて、同じ色の瞳は少したれ目で可愛らしい。物凄く女の子という雰囲気の持ち主だ。

「マテリアは式典の予行演習もあるから、ついでに会場内の装飾なんかも考えて。私とクロも手伝うから、ある程度は自分で考えてごらんなさい」

 レシル様の言葉に、マテリア様は軽く頷いた。

 でも、言ってしまえば自分が主役の式典なのに、それの準備を自分で考えるというのはどうなのだろう。

「あの、主様」

 あるじさま。そう挙手をしたのはアニス様だ。どうやら本当に、普段からそう呼んでいるらしい。

「なに、アニス」

「マテリアさんは授与される側ですよね。それを自分で準備するというのはどうなのですか?」

 やはりアニス様も気になったらしい。気だるそうな銀の瞳を瞬かせて質問した。

「そうだけれど、マテリアは双剣持ちになる上に、生徒会役員として今後も活動していくわ。マテリアにはそういった裏方経験はあまりないし、裏表合わせて経験できる機会というのは、とても貴重なものよ。皆の注目を浴びる存在ならば、相応の経験をしておくべきだと判断したの」

 レシル様はアニス様とマテリア様を交互に見ながらそう言った。

 うーん、やっぱりこういう時レシル様って凄く格好良い。なんというか、言葉から自信を感じる。思わず拍手してしまいそうだ。

「なるほど、かしこまりました」

 アニス様はそう言って、手元の予定表に目を通し始めた。

「式典自体はそう難しくないわ。台上の祭壇にある双剣をとって、誓いの言葉を述べるだけ。一応学園長からの祝辞もあるけれど、この辺りは入学式と変わらないわね」

「で、問題は」

 レシル様の言葉に継いでクロ様は、大きくため息を吐きながら、そのため息で言葉を続ける。

「第一期の剣授の儀の面倒なところは、これに続いて部活動紹介が充てられるところなのですよ。一応部活毎の申請なので全ての部の紹介をするわけではないのですが、最終的に七つの申請があったのですよ。時間配分面倒臭いのですよー」

 予定時間は、当日の緑八刻から剣授の儀。部活紹介合わせて終了予定が緑十六刻とのことだった。クロ様が言うには、毎年予定通りに進んだことはないのだそうで、生徒会役員泣かせなのだそうだ。

「し、か、も! まだ四つの部活からは発表内容が届いてやがらないのですよ。これじゃ発表していく順番も決められないのです!」

「というわけ。エルザは弓術部と馬術部に確認して、なんならその場で決めさせてちょうだい。あとの二つは面倒だから、私が行くわ」

「はい、わかりました」

 叫ぶクロ様を置いておいて、会議内容を記帳していたエルザ様にレシル様が告げる。

「で、一年生お二人は悪いのだけれど、当日飾る花の予約と手配。予算関係はアニスに聞いてちょうだいね。それと、双剣を受け取ってきてほしいの」

「えっ!?」

「あら」

 思わぬ大役に声を上げるユイニィと、のんびり驚くタニアさん。

「学園で使っている道具を一手にお願いしている鍛冶屋なのだけれど、社長がちょっと頑固な人でね。いつもご自分で学園に直接持ってきて下さるのだけれど……」

 今度はレシル様がため息をつく。

「先日階段から落ちて足を傷めたらしいのですよ。でも、外部の配達業者なんかに任せたくないし、関係者には自分の手で渡したいとか、わがまま言いやがるわけなのです」

 クロ様が、心底面倒臭いという表情で言う。

 職人気質というのか。とにかく、随分と難しい人のようだ。

「一応貴重品だから、必ず二人で一緒に行動してね。余裕を見て、来週期頭までにお願い。私に報告してくれればいいから」

「はい」

「わかりました」

 レシル様の言葉に一年生二人は返事を返した。どうしよう。これは大役だ。

 と、肩を小さく叩かれて振り返ると、タニアさんがにこにこと微笑んでいる。

「ふふ。一緒に、頑張りましょうね。ユイニィさん」

「あ、うん。よろしく、タニアさん」

 凄く嬉しそうな顔でおっとりと言うタニアさんに、慌ててユイニィも笑顔を返す。さすが学年一位。全然心配とか緊張は見られない。

「それじゃあ、これから行動開始ね。基本お昼に報告と相談。放課後は各自の仕事優先でいきましょう。必要なことがあれば随時連絡すること。そこの壁の掲示板にメモを残してもいいわ」

「お茶とお菓子は大量に補充しておいたのですよ。一年二人も遠慮せずにむさぼり喰らうがいいですよ。空腹ではゴブリンにも勝てぬというですからね」

 そうして会議は終わり、最後は景気づけに、凍るほど冷えた冷茶で乾杯一気飲みをして、全員で頭を押さえて悶絶して締めとなった。

 歴代生徒会の恒例らしい。確かに勢いはついたけれど、いったいいつの時代からこんなことをしているのだろう。どうやら生徒会、いつの代も個性派揃いだったようだ。

 ユイニィは頭痛から立ち直ると、食器の片付けは引き受けて、皆様にはお仕事に専念してもらうことにした。勝手の分からないユイニィよりも、皆の手が空く方が良いと思ったからだ。

「んー、やっぱり嫁に来なよ、ユイニィちゃん」

「おっと、ユイちゃんは私がもらうのですよ、エルザ」

「あ、じゃあ私も欲しいー」

「……は、はあ」

 食器を洗っていると、何故かエルザ様、クロ様、レシル様の間でユイニィ争奪戦が起きた。何だ私は。年上に好かれる何かが出始めたのだろうか。いやいや、高級な宝石に慣れたお姫様たちの目には、ユイニィの様な平凡な硝子玉が珍しく映るのかもしれない。

「お三方とも。せっかくユイニィが気を使ってくれているのですから、さっさと仕事をなさってはいかがですの?」

 そこに、呆れたようなマテリア様の声。見れば予定表に目を通しながら、澄ましたお顔でいらっしゃる。

「まー、怖い怖い」

「マテリアは意外と独占欲が強いのですよ」

「ユイニィちゃん、今度ゆっくりお茶しようねー」

 言いたいことだけ言って、部屋を出て行く上級生達。アニス様もレシル様について出て行ってしまった。

「ユイニィ」

「は、はいっ」

 次は自分の番かとユイニィの背筋が伸びる。マテリア様は書類から顔を上げると、席を立ってユイニィの側まで歩み寄る。

「ありがとう。あなたで良かったわ」

 それは、手伝いに来てくれて、ということらしい。マテリア様の指がユイニィの黒髪を梳く。

「でも、お姉さま方を甘やかせなくてもいいのよ。嫌な時ははっきり断りなさいね」

「は、はい。わかりました」

 そう言って、マテリア様も部屋を出て行ってしまった。

 今のは、なんだったのだろう。よく分からなくて、仕方なくユイニィは食器洗いに戻ることにした。

「いいわね、ユイニィさん」

 と、残っていた食器を持ってタニアさんがやってくる。

「いいわねって、何が?」

 くすくす笑っているタニアさんに、ユイニィは首を傾げる。

「マテリア様に嫉妬してもらえるだなんて、たぶんユイニィさんだけよ」

「そんな馬鹿な」

 あのマテリア様が嫉妬だなんて。そう笑ったら、タニアさんはおかしそうに言った。

「だって、マテリア様ったら、ユイニィさんがお三方に囲まれているのを見て、小さくだけれど地団駄踏まれたのよ。横で見ていて驚いてしまったわ」

「……」

 そういえば、マテリア様は見た目の優雅さとは裏腹に、意外と頑固だったり激しい内面をお持ちのようだった。

「羨ましいわ。私もそんな風に想ってくださる方、できないかしら」

 瞳を閉じて夢見顔なタニアさん。あの、頬に押し付けてるの、台拭きですよ?

「まさか、ねぇ……」

 ユイニィは小さく呟いて、手にしていたカップの泡を洗い流した。




 ちょうど校門を出たところで、タニアさんが思い出したように口を開いた。

「私ね、ユイニィさん。ずっと、お話したいなって、思っていたのよ」

「……へ?」

 上級生達と離れて、ちょっと気を抜いたユイニィの耳に、そんなタニアさんの言葉が飛び込んできたものだから、ユイニィは思わず間の抜けた声を上げてしまった。

「お話って……誰と?」

「いやねぇ、ユイニィさんとに、決まってるじゃない」

「ですよね」

 くすくす笑うタニアさんの顔を見るに、どうやら冗談等ではないらしい。

「最初はね、初等部の頃、組別発表会での劇を見て。ユイニィさん、覚えてらっしゃる?」

「あ……うん。まぁね」

 ゆっくりした足取りのタニアさんに歩調を合わせながら、苦笑いを返す。

 初等部三年の学園祭での劇は、ユイニィにとって懐かしくも恥ずかしい思い出。頑張れば台詞も思い出せそうなくらいには覚えている。

「ええと、作品の名前は……そう『黒曜王子』よね。照明を浴びてきらきらと輝く漆黒の王子様に、一目惚れしちゃったの」

「えーと……」

 はい。それ私です。またもや夢見る乙女状態になったタニアさんに、どう返事をしたものか分からなくて、ユイニィは頬をかく。

 黒曜王子は童話の一つで、割と誰でも知っているくらい有名な作品。闇の精霊の化身に捕らえられたお姫様を、王子様が自分自身も闇に同化して助け出すお話だ。つまりは黒目黒髪のユイニィに充てて決定された演目だった。

 その時は大好評で、両親も妹もとても褒めてくれて嬉しかったのだが、不意に話題に出たり、家の写真帳を捲って写真を見つけたりすると、何だかとても恥ずかしくなる。

「でも、おかしいでしょう? 私ったら、てっきり初等部には黒目黒髪の男の子がいるって思い込んでしまって、ユイニィさんが王子様だったなんて、しばらく気付かなかったのよ」

 心底おかしいといった風に笑うタニアさんに、これは笑っていいのかユイニィは頭を悩ませたが、取り合えず愛想笑い程度だけ返しておいた。あまりにもタニアさんが楽しそうに笑うものだから、すれ違った奥様が不思議そうな顔を向けていた。

 校門を出てから大通りまではあまり人通りはないけれど、大通りに出るとこの時間帯はそれなりに人通りもある。タニアさんの笑いがおさまらなければ、少し立ち止まったほうが良いかもしれない。

 ユイニィのそんな心配はよそに、大通りに差し掛かる手前でタニアさんは深呼吸を一つして、可愛らしく微笑む。

「それからね、なんとなく中等部になってからも、ユイニィさんが気になっていたのだけれど、組が違うとなかなか接点がなくって……だから、こうやってお近づきになれて、念願が叶ったみたいで、すごく嬉しいのよ」

「そっか……そう言ってもらえると、私も嬉しい」

 人と人が親しくなるなんて、きっとどんなきっかけでもいいんだって。ふと思った。ケイティアみたいに大喧嘩してから親友になった人もいれば、マテリア様みたいにぶつかったことがきっかけということもある。

 そう思ったら、恥ずかしく思っていたあの劇も、タニアさんとのきっかけだったんだなって、ちょっと誇らしいような気持ちにさえなる。我ながら単純だなぁとも思うけれど。

「じゃあ、改めて、これからよろしく……なんだけれど」

「ええ。どちらから、向かいましょうか」

 大通りに出たところで二人は足を止める。左に曲がれば魔動馬車の乗り場がすぐそこにある。放課から時間がたっていて、部活はまだ終わっていないこの時間帯は、目立つフレアの制服もあまり見かけない。目の前の通りに走る魔動車もまばらだ。

「先に花屋さんの方がいいのかな。双剣は完成していて取りにいくだけなんだから。お花は相談とかしなきゃいけないし、時間がかかるかも」

「そうね。さっき、アニス様から、予算もお預かりしておいたから、その方が私も助かるわ」

 お金を持ってうろうろするのは苦手なの。タニアさんはそう笑った。

 どうやらユイニィが食器を片付けている間に、アニス様から話を聞いていたらしい。さすがは学年一位。おっとりして見えるけれど、ユイニィよりもよほどしっかりしている。

「えっと、一番近いお花屋は……どこかしら?」

「あ、それは言われなかったんだ?」

「ええ。特に懇意にしているお花屋は、ないそうよ。以前はあったらしいのだけれど、閉店してしまったらしいの」

 タニアさんは困ったように口元に手を当てて首を傾げる。

「じゃあさ、この先の商店街に行ってみよう。確か花屋があったはずだよ。取り合えずそこで聞いてみよう?」

「そうね。そうしましょう」

 二人はそう頷き合って、通りを右へと折れて歩き出す。一刻も歩けば着くはずだったから、雑談しながらゆっくり歩いた。

 本当に雑談。

 精霊学のスタン先生の奥さんは、元教え子だったとか。

 クロ様の愛好会の会長は、クロ様の片刃にして下さいとお願いして断られ続けているとか。

 高等部の学生食堂には、実は秘密のメニューがあるとか。

 二人で何となく、お互い相手の好きそうな話題を探しながら。

 それってきっと、友達になるための儀式みたいなもの。

 ちょっと緊張して、ちょっとくすぐったいような、だけど嬉しい儀式。

 ……お見合いにも似ているかもしれない。

「……でね、第二体育館には少女の……あら、ユイニィさん、どうしたの?」

「ううん。なんでもないよ」

 お見合いみたいだと思って、恥ずかしくなって赤くなってます、なんて。

 さすがに、そんな恥ずかしいこと白状できるほど、まだ二人の距離は近くなってないみたいだ。

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